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リーベ台頭 編

第162話 聖女の覚悟

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 私の前で黒髪の男の子が戦っている。

 多分私と同じ歳くらいかな、目は赤いけど怖さはなくて、無表情なのにどこか優しさを感じる。

 白い剣を振ってヘルブリス卿と激闘を繰り広げているけど、私に刻まれた奴隷紋のせいで勝手に回復魔術が発動してしまう。

 他の人達も私の子供達と戦っていて、これ以上時間をかけたら戦況が悪い方に傾くかもしれない。

 悪い方……か。

 ずっと前から分かっていた。ヘルブリス卿が悪臣であることを。

 視野の狭い私は彼の甘言に乗って選択を誤った。目の前で当然のように兵器として運用されている……後継者を作るなんて嘘っぱち。

 多分、この研究成果をどこかの国に持ち帰って更に発展させるつもりなのだろう。

 ロイは言っていた。

『元々は死んだ妻を生き返らせる実験だった』と。

 最初に考えた人はきっと私と同じで選択を誤ったのかもしれない。その結果、巡り巡ってまた新たな過ちを生むことになった。

 今こそ、この過ちの連鎖を断ち切らないと、私だけじゃなくて大勢の人が悲しい思いをすることになる。

 覚悟を決めなければいけない、そう思った。

 ☆☆☆

 ヘルブリスを倒す方法は簡単だ。即死させればいい、そうすれば、如何いかに聖女と言えども蘇生させるのは困難なはずだ。

 問題は、このヘルブリスが割りと強いってことだ。

 情報通りなら、コイツのジョブは【戦士】で戦斧スキルをメインに扱うタイプだ。
 柄の長い戦斧は、一撃の重さこそ【重騎士】の戦槌よりやや劣るが、スピードは戦槌型重騎士よりも早い。

 タンクなのにアタッカーを務める厄介なジョブ。使うスキルも強力で【ホリゾンストライク】は剣士の一振りと同じくらいの速度で放たれる横薙ぎの一撃。

 老体の癖に、あれだけブンブン振っても全然息を切らすこともない。

 くそっ、厄介にもほどがあるだろ。

 ロイの愚痴も口から発せられることもなく、とにかく打ち合うのがやっとの状況だった。

「ふん、口ほどにもないな。【中級戦斧スキル・ヴァーティカルマイト】!」

 地面に叩き付けた戦斧から衝撃波が放たれて、俺の身体は吹き飛ばされる。

「咄嗟にその白い剣で防御したか、賊とは何としぶとい存在か」

 ヘルブリスはロイを見下ろしながら戦斧を振り上げた。

 慢心だな、出の早い初級スキルを使ってれば勝てたのにな。

 地面に手をついて影のスキルを使う。

「──【シャドープリズン】!」

 ここまで影のスキルを1度も使っていなかったが故に、ヘルブリスは対応出来なかった。

 影の帯が四肢に巻き付いて拘束する。ヘルブリスは拘束から逃れようと暴れまわるが、繊維一本たりとも切れはしなかった。

「ぐぅ! こんなもの、引き千切ってくれるわ!」

 それでも暴れるヘルブリスへ向けて、更なるスキルを放つ。

「暴れても無駄だ。一回死ね──【シャドーメイデン】!」

 シャドープリズンで拘束した相手にしか使えないコンボスキル──【シャドーメイデン】。

 拘束対象に向けてシャドーポケットに格納してある短剣を大量に射出するスキル。当然ながら避けようがなく、帯の内側から突き出した短剣はヘルブリスを容赦なく串刺しにした。

 黒い毛玉の中で光が漏れ始める。どうやら聖女の回復魔術が発動したようだ。

「だから無駄だって言ってるだろ──【シャドーメイデン】」

 回復後、更に串刺しとなって悲鳴を挙げるヘルブリス。

 帯の隙間から血がしたたり落ちていくが、ここに戦い慣れしてない奴がいたら間違いなく吐いていただろう。

 勝利を確信し始めたロイだったが、影の帯で出来た黒い玉がいきなり破られてしまった。

「……はぁはぁ、【上級戦斧スキル・リーンフォース】!」

 ヘルブリスの全身から虹色のオーラが溢れだしている。戦士系戦斧型のジョブが用いる切り札か……確か、魔力を犠牲にして10分間能力を3倍にするというスキル。

「ラルフ用に取っておいたものを、賊如きに使うことになろうとはな!」

 ヘルブリスが叫んだ次の瞬間──姿を見失った。

 気配を感じ、影衣焔を纏ってすぐに応戦するが、圧倒的な膂力の差に吹き飛ばされてしまった。

 立ち上がり、こちらからも仕掛ける。

 速度はこちらが上、だけど打ち合うと踏ん張れずに壁に激突する。とにかく致命傷を避けて時間稼ぎに邁進することにした。

 ロイとヘルブリスが凄まじい剣激を繰り広げていると、その場に似つかわしくない綺麗な声が響き渡った。

「ロイ様ー! あと一回、あと一回だけ彼を瀕死に追い込んで下さい! そうしたら、なんとかしますからっ!」

 声を上げたのは聖女フィリアだった。目深に被ったフードを外して思いっきり叫んでいた。

 栗色でウェーブのかかった長い髪、顔は聖女というに相応しい綺麗な顔立ちをしている。

「わかった、アンタを信じる!」

 ヘルブリスの横薙ぎをしゃがんで避けて、再び【シャドープリズン】で拘束する。

 稼ぐ時間は20秒で充分だ。

「ロイさん!」

 以心伝心、言うまでもなくユキノが来ていた。

「いつでもどうぞ!」

「恥ずかしいかもだけど、少し頑張れ」

 胸に手を添えて優しく撫で上げる。恋人から受けた快感によって開いた唇に軽く舌を差し込んで水音を立てた。

「んんっ、ぁ……はっ、ぁ、~~~~ッ!?」

 時間が無いから舌を入れたけど、ユキノは思いっきり痙攣していた。

「助かった、ありがとな」

「はい、私はサポートに回りますね」

 ユキノは苦戦しているサリナの元へ駆けていき、それと同時にシャドープリズンは破かれた。

「……ふん、時間稼ぎにしかならなかったな」

 肩で息をしながら語るヘルブリス、それに対してロイは笑みを浮かべた。

「爺さん、今度こそ即死させてやるよ。この【月光剣アルテミス】でな」

 未だ強力なオーラを纏ったヘルブリス、ユキノとの神剣を作り出したロイ、聖王国の命運を賭けた最後の一合が始まろうとしていた。
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