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混沌による侵食編

第184話 聖王山ソーテリア

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 眼前にそびえ立つは聖王山ソーテリア────。

 雲に届きかねないほどの標高を誇る、切り立った岩山。太古の時代に人間の手が入り、巡礼者の参道が作られている。

 岩壁を削って作られた参道は階段状になっており、それらは蛇のように曲がりくねりながら頂上へと伸びている。

 今回同行してくれるドワーフのバンズが溜め息を吐いた。

「……はぁ、長い一日になりそうだ。よろしく頼むぞ、ロイ」

 ドワーフのバンズはロイへと向き直り、手を差し出す。

 三角帽子に目が隠れるほどの眉毛、口元も同様に髭で隠れていてあまり表情は読めない。加えて、オーバーオールに薄汚れたシャツという明らかに鉱夫然とした服装をしている。

「ああ、こちらこそよろしくな」

 ロイは差し出された手を強く握った。

 力強く職人の手をしている。腕はロイの倍はあるんじゃないかと思うほどの太さだ。
 種族特性によるところもあるんだろうが、それだけじゃなく、きちんと鍛え上げられた筋肉の付き方をしている。

 続けて、順番に握手をしていくと、ルフィーナの番で動きが止まった。

 ロイはハッと思い出す。エルフとドワーフは不仲、初等部で教わる内容を失念していた。

 両者睨み合いが続くかに思えたが、ドワーフであるバンズは口角を上げてニコッと笑った。

「エルフの嬢ちゃん、名前は?」

「ル、ルフィーナ……です」

 ルフィーナは明らかに緊張している。白く細い手を震えながら差し出して、キュッと遠慮気味に握手をした。

「ルフィーナ、心配するな。なにもされてないのに嫌ったりはしない」

 ルフィーナは「えっ?」と少し驚いた。

「ドワーフはエルフを嫌っている。そう思ってるんだろ? 何年前の話だ。今はドワーフも続々と世界進出しているから、固い頭のままでは淘汰されるばかりだ。人間を見習って、柔軟な考えで生きることにしたんだよ」

「……あの、その!」

「焦らんでええ、ワシらもエルフも、ようやく里を抜けて世界に飛び出し始めたんだ、ゆっくり手を取り合っていけばええ……」

「は、はいっ!」

 エルフとドワーフが手を取り合っている。人間の教科書が少し遅れていると、ロイは感じていた。それどころか、数で覇権を握る人間は未だに仲間内で争っている。
 クリミナルや魔族といった驚異に対して、共に立ち向かうどころか魔族と手を組んで人間を攻撃しようとする輩も出る始末……。

「それに……このパーティは華があるからなぁ! 人間もエルフも、皆別嬪で嫌う余地ないだろっ!」

 なんだろう……今のバンズの台詞で色々と心の中で思っていたものがぶち壊しになった気がする。

 そうして、ロイ一行は聖王山ソーテリアに入っていった。

 長すぎる階段にパーティの体力は奪われていく。上に上がれば上がるほど気温も下がっていき、赤の節でなければ攻略不可能と判断していただろう。

「ロイさん……はぁはぁ、ちょっと、休憩……しません、か?」

 息も絶え絶えといった様子でユキノが提案してくる。

 これ以上無理に進めば魔物が出てきた時に対応出来ない、そう判断して近くの小屋で休むことにした。

 各々外套を脱いで壁に掛ける。

「まだお昼には早いけど、これ食べといて」

 サリナが干し肉をロイに手渡した。その後、他の面子にも同じ物を配っていく。

 こういう時、サリナはとても気が利く。ずっと歩いていてみんな口数が減っていたし、テンションも大きく下がっていた。

 バンズはギリギリと噛み千切りながら大きく声を上げた。

「美味い! 実に美味い! サリナと言ったか、本当に気が利く女よ! ちなみにだが……お代わりはあるか?」

「え、えぇ……普段から結構作り置いてるけど……」

 サリナはそう言いつつ、ロイの方をチラリと見た。

 断る理由はないので頷いて許可を出す。するとサリナは、黒いポニーテールを揺らしながら干し肉を取りに行った。

 バンズの気持ちはよくわかる。どんな方法を用いているのかはわからないけど、サリナの作る干し肉は非常食の域を越えている。

 前に気になって聞いてみたんだけど、サリナは微笑むだかで答えてはくれなかった。
 一言だけ「漬け方にコツがあるの」とだけ言っていた。

 秘伝の製法ってやつなのだろう。

 お陰でこうして最高の食事を楽しむことができる。

 1時間ほど休憩した。女子は女子同士でかしましくも美容や日常で面白かったことなどを話している。

 それを離れたところから眺めていると、バンズが隣にやって来て肘で小突いてきた。

『ロイよ、女達とはどこまでいったんだ?』
『どこまでってなんだよ』
『そりゃあ、ゴニョゴニョ────』

 耳打ちで聞かされた内容は、品位の欠片もない内容だった。
 もう処女は奪ったのか、とか。服の上から胸の大きさを予想したり、尻は安産型だとか……とにかくそう言った話ばかりだった。

 ロイも男だからそういったことを想像したこともある。

 魔術の存在するこの世界においても、避妊は完璧ではない。冒険できなくなることを考えると、やはり1歩踏み出せなかった。

 実際、色々なリスクを負うのは女性側だ。そういったことはもっと慎重に行うべきだ。

「もうそういう話は止めとけ」そう言った意味も込めて肩を叩いた。だけどバンズは「照れんなよ」と言ってニヤニヤと笑みを向けてきた。
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