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ハルモニア解放編

第211話 人狼戦・1

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 隠し扉を抜けた先に待っていたのは、広大な地下空間だった。

 高さ、幅、どちらも人間が通るにはあまりにも広すぎる。かと言って、ダンジョンのような罠の気配も魔物の気配も感じない。

 左右均等に掘られた穴にはドアが取り付けており、ネームプレートがかけられている。

 道の行き止まりには梯子があって、入口はロイが降りてきた扉以外にも存在することがわかる。そしてドアの隙間から中を覗くと、女が料理をしているのが見えた。

 ベッドにテーブル、そして台所まで……まるで生活空間だな。

 地上にちゃんとした家があるのに、なんでこんな無意味なことを……。

 疑問を胸に他の部屋を覗いてみるも、そのほとんどが似たような光景ばかりだった。

 ここに突入する時、すでに夕陽が出ていたな。ソフィア達には村の外で待機してるように言ったが、果たしてこの村の隠している呪いとやらがどんなものか、そろそろお披露目の頃だろう。

 ロイは来た道を忘れないように、慎重にユキノの痕跡を追っていく。

『ぐっ、うぅ……ぐぁぁぁぁぁっ!』

 突如として、ドアからうめき声のようなものが聞こえてくる。気になって中を確認すると、女がベッドの上でジタバタともがいていた。

 女の姿が少しずつ変化していく。毛むくじゃらに、そしてその体躯は二回りも大きくなり、犬の様な顔へと変貌を遂げた。

 驚きのあまりグッと息を呑む。

 あれは人狼じゃねえか! 人間離れした力と俊敏さを兼ね備えた伝説の種族。魔族よりも発見例が少なくて、とっくの昔に滅びたと思っていたが……まさかこんなところに隠れ住んでいたとは……。

 いや、商人の話から考えるに……これが"呪い"ってやつかもしれん。後天的な人狼なんて、聞いたことがないからな。レグゼリア王国……後天的変異、これらが関わるってことは、魔人誕生の前段階として実験的に使用された呪術としか思えない。

 人狼はBランク以下の武器による攻撃の全てを無効化するという神秘を持ち合わせているが、幸いな事に俺の手元にはSランクの武器がある。

 だが、多勢に無勢で身を滅ぼす訳にもいかない。さっさとユキノを回収して逃げないといけないな。

 ロイは再びユキノの魔力を追って奥へと進んでいく。そして遂にユキノの魔力の終着点に辿り着くことができた。

 物陰からナイフを出してその反射で部屋の内部を確認すると、まだ変身していない人狼が2人いて、何やら言い争っていた。その部屋の奥にユキノの姿を見つけた。目は少し虚ろ、何かしらの薬品を嗅がされてるのかもしれない。身体は木製の十字架にはりつけにされている。服を脱がされた形跡がないことから、乱暴されたわけではないようだ。

 2人の会話を盗み聞いた結果、この村の住民は人狼の呪いにかかっていて"新たな命を産むことができなくなる"という問題に直面していることが分かった。

 その境遇には同情するけど、俺の仲間に手を出す理由にはならないし……許容もできない。ましてや、ユキノに子供を産む役をさせるなんて、あまりにも非人道的な行いだ。

 これではレグゼリアとコイツらとで、どう違うというのだ。

 機会を窺っていると、2人の人狼が変身を始めた。ユキノは目を見開いて驚いている。先週幼馴染を失ったとされる人狼が息を切らしながらユキノに近付いて行く。その手にある小瓶から漏れた匂いがこの部屋にほのかに漂っていて、明らかに精神に対して異常を来す薬品であることがわかる。

 でもなんでだろう……ユキノ達にこの手の薬品は効果が無い気がする。なんとなくという少し曖昧な理由だけど、そんな気がするんだ。とは言っても、変なものを飲ませるわけにもいかないからさ……邪魔をさせてもらうよ。

 物陰からサッと飛び出して手前の人狼のアキレスを斬り裂く。人狼といえど反応できるわけがない、変身とはそれだけで体力を大きく消耗するからだ。

 手前の人狼が声にならない声をあげてる間、横を抜けて小瓶を掲げた腕に一閃────。

「えっ?」

 そんな間抜けな声が聞こえた気がする。腕を落とすことは叶わなかったが、小瓶を奪取することには成功した。

「俺の女に触れてんじゃねえよ。狼野郎!」

 人狼は腕を押さえながら振り返る。傷をつけられた事、すでに夜なのに冒険者がいるということ、そして……地下を嗅ぎ付けられたことに驚いてる様だった。

「貴様、なんでここに!」

「アンタらは馬鹿なのか? 仲間がいなくなれば探すのが当たり前だろ。アンタだって、恋人がいなくなったら探すだろ。……それで、この小瓶を使って何をしようと思ったんだ?」

「……ちっ!」

 相手には会話をするつもりがないらしく、鋭い爪を振り抜いてきた。ロイはそれを難なく避けたあと、剣で応戦を始めた。

 思ったよりもタフだな、腕にあれだけの傷を負ってまだこの速度……。幸いなのは元が村人ということか、動きが大雑把で避けるのにそれほど苦労はしない。

 反面、長剣を振るうには狭い空間だ。避けやすく、攻撃し難いといったところか。

「ホントに、面倒くせえなっ!」

【シャドーエッジ】で剣に影の魔力を纏わせて斬りかかる。ロイの袈裟斬りを間一髪で避けた人狼だったが、その胸には斜めに傷が入っていた。

 躱したつもりが、影の魔力で延長された剣の長さを計算に入れてなかった。人狼はそれを理解して後退りをしながら距離を取った。

 ユキノの方へ視線を向けると、こちらを向いて頷いていた。俺の動きに合わせて行動する、そういう合図だった。ロイは手を前にかざして神剣を射出する体勢に入った。普段はこんなあからさまな予備動作なんてしない、だけど今回はユキノと連携を取るために必要なことだった。

 ────射出シュート!!

 次元の裏側から白銀の神剣グラムセリトが現れて凄まじい速度で人狼に向かっていく。避けられない速度じゃない。ましてや、わかりやすい予備動作を設けたのだから誰にでも避けることは可能だろう。

 神剣が消えたと思ったら手掌から飛び出してくるため一瞬面くらったかのような表情になるが、人狼は半身を反らして神剣を躱した。

「馬鹿な! その先にいるのは────」

 人狼の言いたいことはわかっている。射線上にユキノがいる、俺が”誤射”したとでも思っていることだろう。だが、それすらも織り込み済みだった。
 神剣はユキノの正中線から大きく外れて腹部やや右、身体ではなく十字架の形をした拘束具の部分に突き刺さった。

 ユキノを拘束している拘束具の素材は木で出来ていて、少しずつ割れ始めた。

「ふんっ、多少壊れたところで、人間の力では抜けることなど────」

 人狼の1人が言いかけて止まった。何故なら、ユキノが背面の木を破壊して自力で抜け出すことに成功していたからだ。知らない、というのは初見殺しという意味であれば、かなりのアドバンテージを取ることができる。彼らは知らなかったのだ……ユキノの膂力が常人のそれを大きく上回っていることに。

「おいおい、戦闘中に呆けてんじゃねえよっ!」

 驚く人狼の背中に一太刀入れたあと、その脇を抜けてユキノの隣に立った。ユキノはパンパンと身体についた木くずを払いつつ、ロイに頭を下げる。

「ロイさん、捕まってしまいました……ごめんなさい」

「別にいい、よっぽどの理由があったんだろ?」

 ロイの問いかけにユキノは目を逸らし、虚空を眺めて乾いた笑みを浮かべている。

「え、いや、そのぉ~……集合時間までかなり時間があったので、猫ちゃんを追いかけて裏路地に行ったら……」

 それを聞いたロイはポコンとユキノの頭にチョップを入れた。

「あの、ロイさん……?」

「これでチャラだ、あんまり心配かけさせんなよ。にしても、猫を追いかけて、なんて……っ……」

「あ、ロイさん。笑って……」

 普段からあまり笑わないロイが気付いたら笑っていた。ロイに心配をかけてしまったけど、ユキノは少しだけ心がほっこりした。

「コホンッ! とりま、ここから脱出するのが先だな。ついてこいよ、ユキノ!」

「────はいっ!」

 アキレスを斬られた人狼、腕と背中に深手を負った人狼、両者を置き去りにしてそのまま部屋を出た。
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