愚者ハイドラの復讐

タタクラリ

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一章 王都動乱

2. 動乱の闘技場

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 どうやら、馬車でどこかへ移送されたらしい。
 棺桶は、生きた人を入れるのには向いていないことがわかった。煤の臭いが充満した狭い密閉空間は馬車の車輪が跳ねることで大いに揺れ、手足は動かないのにそれらの感覚を享受する機能は損なわれておらず、口内には胃液の刺激臭が広がった。
 ようやく揺れから解放され、棺桶が開かれて光と共にいくつかの視線が注がれた時、俺は初めて聖者が愚者を憐れむ表情を知った。どれだけ酷い顔をしていたんだか。

「闘技場か……」
「ああ、そして今日は、ヘルクリーズたちの演説さ」

 移送されたのは、王都アルコンに位置するガイア円形闘技場だった。
 王国内でも、騎馬競争等に用いられる競技場に次いで大きい建造物であり、中央にある楕円形のアリーナをすり鉢状の観客席が全周取り囲んでいる。闘技大会の他に、演劇や展示会なども執り行われ、王国文化の中心ともいえる。
 とりわけ、聖誕の儀の後は「特別な闘技大会」が開催され、多くの国民がそれを観戦に訪れる。おそらく、今日がその日なのだろう。

「そして、演説が終われば……ヘルクリーズ様の闘技大会だ!」
「私、初めて見るんです! 昔家族と来た時は、もう客席がいっぱいで入れなくて。まあ、今日は会場警備ですけど」
「なんだ、それなら俺が代わりにやってやるよ。お前は闘技大会を楽しんでこい」
「ほんとですか!? やったぁ!!」

 厳格な姿勢の求められる聖者すら浮かれている。胸甲や腰の剣の重さを苦にもせず飛び跳ねるほどである。
 俺は足の縄を解かれ、入場口の人だかりに歩かされた。
 そこには、礼服とまではいかないが形式的な純白の装いの聖者と、ボロ布を一枚か二枚羽織っただけの痩せ細った愚者が集まっていた。足首や手首の傷跡を見る限り、愚者たちは囚人である。
 囚人の中には、俺がオリンポスの活動の中で捕らえた奴もいた。
 五十人はいる愚者たちはそれぞれ粗造の剣を持たされ、その背中に剣や槍の刃をあてがった聖者に命じられるがまま、アリーナへ向かった。

 ──ううううぅぅぅ!!!!

 観客席からは、空気を震わすような盛大なブーイングが飛ぶ。
 夕陽のアリーナへ躍り出た愚者たちは、彼ら市民にとって不倶戴天の仇である。
 愚者になる者は、つまり誰かへの殺意や社会への反発といった邪で愚かな感情を人一倍携えた人間であり、社会の和を乱す存在だ。風俗から逃れるように隠棲している愚者ならまだしも、ここにいる囚人たちは何か罪を犯し捕縛された者ということになる。
 聖者にも当てはまる特徴だが、愚者は身体能力に優れる。愚者が困窮から強盗に手を染めれば、それを止められるのは聖者かよほどの豪傑くらいだ。大抵は、そいつが人攫いに興味がないことを願いながら震えているしかない。

「……チッ」
「おい、ハイドラ。お前はだめだ。ここで見ていろ」

 錆びてしまった剣を仕方なく受け取ろうとすると、喉元に槍を突きつけられて止められた。

「なんでだよ」
「しらねえ。そう言われてんだよ」

 灼印のもたらす感情曰く、錆びた剣でもなんでいいからこいつら聖者を今すぐ斬り伏せたい。だが、剣は手に入らなかった。
 観客席から、今度は歓声が飛んだ。反対側の入場口に、聖剣を携えた男が立っていた。

「ヘルクリーズ様ー!!」「救世主よ!!」

 ヘルクリーズは観客席や聖者たちからの黄色い声に応えるように、聖剣を天に掲げた。

「聞け! 善なる民衆よ! まずは、平素からの〈ティタノ聖協会〉への支援に感謝する。『善事は永く、人生は短し』……愚者の跋扈に打ち勝つためには、君らの協力が不可欠だ! そして、君らが愚者の悪行に耐えてくれたおかげで、私たちは聖誕の儀をまた執り行うことができた!」

(姉さんのおかげだ……)

「だが……君らも肌で感じていることだろう。愚者の暴動が活発となり、治安は悪化の一途をたどっている。これを食い止められないことに、力不足を悔いる日々だ。打ち倒した愚者の数は、増え続けているのだが……」

 観衆の目が、囚人たちへ注がれる。入場口は閉じられ、彼らに退路はない。
 観衆のうち、演説を一言とて聞き逃すまいと耳を傾けているのは、ほんのひと握りかもしれない。皆が期待しているのは、これから始まる闘技なのだから。
 演説中も熱気は冷めず、ついに客席の最前列から石が投じられた。拳ほどの石は、客席とアリーナを隔てる水堀を飛び越え、愚者の頭に当たった。
 演説がかき消えるほどの叫喚が湧き上がった。
 愚者へ投石した男の腕に、光の円が現れた。遠くてよく見えないが、きっと聖者の光印だろう。男は諸手を挙げて喜んだ。周りも同様に、聖者と化した男を祝福する。
 「石を投げた男が聖者となった」という噂は観客席を波のように走り抜け、方々から沢山の石が投げ込まれた。石の他にも、硬い者はなんでも宙を舞った。中には家財であろう宝石や、ペットの犬を投げる者までいた。
 聖者になれば、国から手厚い支援を受けられるのだ。彼らの真の願望は、『愚者を打ち倒すこと』ではない。
 中央から外側に向かって階段状に高くなっていく客席は、その最上段から物を投げてもアリーナまで届かず、前の観客の頭に落下するだけである。
 観客は石を奪い合い、より近くから投擲するため競い合うように狭い通路を通って最前列を目指した。落下防止用の鉄製の柵が歪むほど、人が密集して押し合った。
 感情は増幅するものだ。邪な感情も清らかなる感情も、人がより集まれば流行り病のように伝染する。人が多ければ多いほど、それは高速化し、先鋭化する。この日の闘技場には、それを証明するのに十二分の人が集まっていた。小さな言い争いが点々とし、それらは拡がり、繋がり、簡単に暴動の種となった。
 民衆の矛先は、いつしかアリーナの愚者ではなく石を奪い合う民衆同士に向けられた。誰が持っていたか、燃え盛る木片が群衆に投げ込まれた。

「おい、鎮圧に向かうぞ! 兵を集めろ!」
「私たちは!」
「南席へ! お前らは──」
「北席が危険です!」「東で怪我人が……」

 会場警備を担当していなかった衛兵隊が、慌ただしく編成を新たにする。警備役を外してもらっていた聖者の女も、可哀想なことに暴徒鎮圧へ駆り出された。
 ──何が聖者か。誰が見ても、あれらを愚者と罵るだろう。
 全てが私欲でしかない。あの男以降、物を投げた者のなかから聖者が生まれていないのだ。怪我人を治療しようとする者が何人か聖者となりはしたが、それでもほとんどが神に色目を使った行為だ。

 混乱は拡大し、決して一人当たりのスペースが広くない観客席に人が入り乱れ、押し退けられて水堀に落ちる者まで現れる。
 ──怒号、悲鳴……聖誕の儀の直後、精霊が多く王国内に留まっているうちに聖者を生み出そうとする試みは、今回は失敗に思えた。

 その時、上空で爆音が轟いた。青い熱風が吹きすさび、空に火花が散った。その真下には、全身に浄化の炎を纏ったヘルクリーズがいた。
 それはまさに威風だった。浄化の炎を形作る魔術が風として拡散され、闘技場を包み込んだのだ。

「ヘルクリーズ様……」
「暴徒は? 鎮まったのか……?」
「状況の確認を! 医療班を動かせ!」

 浄化──本来は、愚者の強い感情を抑制し、討伐を容易にしようと開発された魔術だった。それが普通の人間に効かないなんてことはなく、闘技場の熱気は一瞬にして鎮静化された。
 ヘルクリーズは演説を続ける。

「……感情は増幅するものだ。善も、悪も、その人物がどのような信念を抱いていたとしても。周囲の空気に飲まれ、簡単に均衡が崩れ去る。俺は、愚かな感情を抱くことを罪だとは思わない。それは、誰しもが心の奥底に抱えているものだ。だが、その感情で自分を、大切なものを傷付けないでほしい。必ず……後悔することになるから……」

「後悔だと……あいつ……!」

 姉さんを生贄にした、その罪を『後悔』で済まさせるものか。
 復讐してやる。罪を償わせてやる。刺し違えでも、あいつを……!

「動くな!!」
「油断も隙もねぇな!」

 アリーナへ向かおうとした背中を槍で突き刺され、地面に押し倒された。複数の槍が、うつ伏せになった俺の背中を刃で押さえつけた。貫通こそしないものの、血肉を抉る痛みにまるで動けない。綺麗事の並んだヘルクリーズの演説を邪魔しないよう、ロープを噛まされうめき声すら封じられる。
 意識が遠のくほどの激痛に耐えていると、拍手喝采が巻き起こり、ヘルクリーズの演説を称えた。
 闘技場は再び異様な熱気に包まれる。誰かが言葉に表したわけではないが、いよいよ闘技が始まるのだと理解した。

「始まるな……ああ、俺も観客席に行きてぇ!」
「ヘルクリーズ様! 頑張ってください!!」

 勝負の決まっている戦いだ。愚者たちはすでに及び腰で、多くは敗北を悟っている。それでも剣を取るのは敗北が死に直結するからで、そこに意欲的な意思はない。
 大銅鑼の音が三度鳴り、観客の心を打ち震わせた。それは戦いの開始を意味する巨大な低音であり、愚者たちにとっては終末を告げる地響きのようにも聞こえただろう。
 一人の利口な愚者は、ヘルクリーズに背を向けて水堀に飛び込もうとした。刃の欠けた剣で聖剣に挑むより、堀の中で排水口を見つけ出すほうが生存率ははるかに高い。
 水堀を覗き込み、濁った水中に愚者は黒い蓋を見つけた。そして、水面には一閃の残像と血飛沫が映る。

「いいぞ!!」「やれぇ!!」

 水堀に飛び込んだ愚者の上半身と下半身には数秒のズレが生じた。浄化の炎を纏う聖なる黄金が、体のあった空間を霊魂のすり抜けるがごとく通り過ぎ、二つに断ち切ってみせたのである。
 聖剣は次なる愚者を求め、人の心臓の高さで地面と並行に突き進み、腰の引けた愚者を穿った。刺創から青い炎の一部が乗り移り、愚者の体内で燃え広がり、愚劣な思想ごと焼き払った炎は口や眼孔から立ち昇った。
 敵群に独り突貫したヘルクリーズの周りにはまだ多くの愚者が残っている。誰もが、これが愚者の最後のチャンスだと認識しただろう。それは、アリーナで戦っている愚者も同様だ。

「今だ! かかれ!」
「囲め!」「やっちまえ!」

 剣を持つ体勢が良い、おそらく軍人か傭兵だったのだろう愚者が吶喊、突撃の合図を出した。
 ここでやらねば死ぬ、手中のボロ剣に全てを託し、未だ愚者の体を剣を刺したままのヘルクリーズに打ち掛かった。
 肉塊から剣を引き抜くのには時間を要する。それが極めて短時間だったとして、致命的な隙が生まれる──はずだった。

「ヘルクリーズ様!」「まずいぞ!」
「いや、あの方なら……!」

 悲鳴、悲鳴……だがヘルクリーズは剣を抜こうともしない。
 あいつの戦いをすぐ隣で見てきたから、分かる。
 今からあの愚者たちが、どうやって死ぬのか。
 体内を焼き尽くされ、あとは愚者の共同墓地に埋まるだけだった剣を突き刺されたままの彼は、気の毒だ。
 彼の体の穴という穴から昇る炎がスッと消えた。他の愚者が彼を悼んだのも束の間、彼は爆音と共に破裂した。
 体は散り散りになり、放射状に愚者の群れへ飛んだ。体内の炎は鎮まっておらず、黒ずんだ断面から次々燃え移った。
 浄化の炎は愚者の体でよく燃え上がり、ヘルクリーズの血を望んだ剣は音を立てて地面に落ちた。

「そりゃそうだよな。ヘルクリーズ様の胸元で光っている聖者の光印。あれの誓約は、『愚者を討ち滅ぼすこと』だ。愚者もまあ、元は人間だから、『聖者をぶっ殺したい』なんて願う奴はそういない。ヘルクリーズ様は魔法を使うための宝珠が聖剣に仕込んでるんだから、こんだけ人数差があっても勝ちは決まってた」
「なによ、ヘルクリーズ様が囲まれた時は悲鳴あげてたくせに」
「い、いいだろ! 今はヘルクリーズ様が勝ったことを喜ぼうぜ!」
「調子いいんだから……」

 ヘルクリーズは折り重なって倒れる燃焼物を避けるように水堀の縁を歩き、炎から逃れた残り二十人のもとを目指した。
 歓声でアリーナの音はもはや何も聞こえず、焼ける愚者がどんな呻き声をあげているかも分からない。恐ろしいのが、観客がこの光景を好意的に受け取っていることだ。

「ん……観客席が、なに?」
「また喧嘩か? いい加減に……」

 衛兵が観客の一人を取り押さえている様子が窺える。若い女性のようだ。その周囲の観客は、衛兵の制止も聞かずその女性に蹴りを入れ、歳を食った男女──女性の両親だろうか──が間に入って守ろうとする。
 女性は手を広げ、そこからなにか衝撃波のようなものを放った。しかし、近くの衛兵が仰け反りもしない。ここから目視はできたが、前髪の先が揺れることもなかった。
 弱々しい魔法……のようには、俺は思えなかった。
 実際、異変はすぐに形となった。

「きゃぁああ!!」

 客席の最前列から怯えた女性の悲鳴。水浸しの愚者が客席の手すりに手をかけていたのだ。それは、体を断ち切られ水堀に落ちた愚者の上半身だった。そいつは腹の断面から血と泥水を滴らせながら、観客に襲い掛かる。
 炎に炙られ地に倒れ伏した愚者たちも、再び剣を手に取って立ち上がった。今なお体に炎がついた数十名がヘルクリーズに一気に接近し、最強の聖者といえど後退を余儀なくされる。しかしそこはアリーナの端、一歩でも足を引けば水堀に真っ逆さまだ。
 アリーナの一角では、二十人ほどの愚者がアリーナから客席へ逃げ出していた。愚者たちは邪魔する者を切り捨て、逃げる者も追ってその血で恨みを晴らし、人々を絶望へ追いやった。
 闘技場は、混乱の絶頂へ至った。

「何が……起こって……」
「おい、喋るなハイドラ……って、はは、なんで喋れんだよ……口のロープはどうしたよ。それに槍が八本も刺さってるんだぞ?!」

 体が動かせる。気付けば槍の痛みは引いていて、口のロープは噛み切っていた。
 棺桶に揺られ、槍に突き刺されていた体は、万全どころか普段以上のコンディションだ。考えるまでもなく、女性の放った魔法の影響である。
 何本もの槍で押さえつけられた体を次第にもぞもぞと動かし始めた俺を再度制圧せんと、右脚を抑えていた槍が一旦引き抜かれ、重力を得ようと高く構えられた。
 鈍重な槍だった。それが再び脚を突き刺す前に、左脚を抑える槍を蹴り折り、両脚を自由にした。

「おい、止めろ……!」
「お前ら、世話んなったな」

 筋肉量の多い脚さえ動かせれば、体はおおかた制御できる。
 右腕に槍を刺す男の足を払い、倒れた体を、左手に槍を刺す女に投げつけた。軽い、せいぜい一ブロックのレンガを投げつけたように、二人は五メートル先の壁に揃って激突した。
 背中には四本の槍が残っており、聖者たちは俺をなんとか抑え込もうと槍に力を込めるが、解放された四肢を用いれば児戯に等しい。なにしろ、『聖者を討ち滅ぼしたい』という誓約が作用し、左手首の愚者の灼印を煌めかせ、怪物の力を得ているのだ。
 遮二無二に体を捻ると、槍の終端は風の日の高い塔のように暴れ回り、槍の持ち手は槍を手放すか体勢を崩すほかなかった。
 体勢を崩した聖者の腰に、剣を見つけた。それも、俺の得意な片刃刀である。すぐさま片刃刀の柄に手をかけた。

「こいつは、いいのを持ってるな」
「ハイドラ……! やめてくれ! おい、やめて……」

 国内で生産されていない片刃刀を使う聖者は、数えるほどしかない。世界の終焉を目の当たりにするような顔で懇願するこの男は、俺が剣を教えたことのある奴だった。上体を起こし、辺りを窺うと、そこには見知った顔がいくつもあった。
 だが、彼らは聖者。俺の誓約とは相容れず、しかし不可欠な矛盾の塊だ。除けねばならない。
 刀を鞘から抜き取る。それを防ごうと刃を掴んだ両の手は、指を失った。忠心などカケラも持ち合わせていない刀は、前主の指の血をその首で拭った。
 決して満たされることはない。周囲には、まだ多くの聖者が控えている。

「クソッ、応援を呼べ! 相手はハイドラ、それも愚者になりやがったハイドラだ! 呼べるだけ呼べ! 急げェ!!!!」

 震える声で、増援が要請された。窮地に立たされたヘルクリーズを救うため、観客は四方八方へ逃げ、さらにはアリーナへの投石を再開したが、会場警備隊を俺の元へ向かわせてしまうらしい。

「ああ……ポセイドンは、アルテミスは来ないのか!」
「私たちだけでハイドラを?!」「やるしかないだろ!」

 ともあれ、増援が来る前にこいつらを片さなければ。尋常な力を以てしても、数を相手に苦戦を強いられるのはヘルクリーズが実証している。
 刀を真上に投げ、刃を下向きに落ちてくるその軌道上に腕を縛るロープを備え、断ち切らせた。地面に突き刺さった刀を右腕に納めると、聖者たちは後退った。
 泣き出す奴もいた。

「俺……普通の人間だったハイドラにだって、一度も……勝てたことなんて……っ」

 二撃──やはり刀は手に馴染む。重心は異なるが問題なく、終焉を観る顔と、泣き顔を宙に跳ね飛ばした。

「かかれ! 怯むな!」

 勇敢にも仲間を鼓舞し、一人が突っ込んでくる。だが不幸にも、勇敢なのは彼だけだった。
 彼も最期には、後ろから別の足音が聞こえない事に絶望しながら、剣を虚空に振り下ろして聖者の使命を果たした。

「嫌だ……嫌だ!」
「お、おい、どこに行くんだ!」

 一人が逃げ出し、一人はそれを追いかけるように体良くこの場を離れた。
 あとは、投げ飛ばした男と、壁に叩きつけられた女だ。女は白目を剥きながら、男に肩を揺すられていた。
 戦闘不能状態にあるから無視する……といった思考はない。これは愚者の、感情の剣だ。ただひたすら『聖者を討ちたい』と冀望する無垢の刃だ。

「来るな! ハイドラ! お前だって悪魔じゃないだろ! 止まれ! ……くっ」
「…………」

 壁に二つの赤い傷跡が生まれた。深く削れた溝から、血が垂れていく。

「さあ、どうしようか。ああ、あの魔法を使った女の人は……衛兵に連れられていく……行くか」
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