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二章 虚なる化け物
7. 廃墟に住う者
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コルトスの街と隣接する鉱山地域。ケイロンは、三十年前くらいに事故が発生し閉鎖された、と言っていた。王都に最も近い、今も稼働している鉱山とは、設備が一回り劣る。俺が生まれた頃には閉鎖されていたのなら無理もないが。
事故の詳しい内容はわからないが、王国内に数カ所しかない宝珠鉱脈の一つであるここが、そう簡単に放棄されるとは考え難い。何しろ宝珠は、軍における兵科の一つに数えられ戦力の中核となる魔導師に必須なのだ。
落盤事故なら、大規模魔導で山ごとほじくり返すくらいするだろう。ここ数年国内の不安定状態が続き、連鎖的に愚者が増え、聖者の戦力が求められる昨今では宝珠の価値も上がっているのだから尚更だ。
「さっきも見たが見事な廃墟だな。宝珠の鉱山が、本当に止まってるのか」
ヘルクリーズを追うように従軍した頃から、宝珠不足は耳にしていた。早急に解決するべきのはずだが、これまでコルトスの鉱山が解放されることはなかった。
「院長は、姉さんを犠牲にした聖誕の儀で、多くの聖者が生まれると言ってたな。なら、コルトスに来た聖者の目的はこの鉱山のはずだ」
ひとまず、かつて鉱山労働者が住んでいた街跡を歩いてみた。
石畳の道からは雑草が逞しく伸びており、ドアノブなどの金属類は全て持ち去られている。やはりというべきか、つた植物と崩れたレンガに人の気配などない。鉱山が動いていないことの証左ともいえるだろう。
「聖者はまだ来てないな。足跡はどこにも……」
地面を覆い尽くすような雑草に、誰かが足で踏んだような跡はない。腰の高さまで伸びた草を掻き分けずに進むことは困難で、馬鹿正直に三十年前の秩序に従って道路を歩いていれば、聖者に俺の後を付けられてしまう。
コルトスの市街に戻り、街灯から宝珠を盗んで風魔法で草刈りに勤しむのもいいが、愚者らしく盗みを働く前に、廃墟を探索するのに良いルートを見つけた。
「ほっ。よっ、と」
廃墟の屋根に飛び乗った。レンガの安定性を意識し、崩れないよう足を乗せる場所に気を付けながら、次の家へ飛び移る。
道なき道を進むのは、俺がヘルクリーズに勝てる数少ない特技だった。一切跡を残さず、ひょいひょいと屋根を伝う。
平面の多い人工物なので、険しい山道よりは簡単……いや、簡単すぎだ。放棄されて崩れ去っている廃墟にしては、まるで造られたアスレチックのような。屋根を伝うことを想定されているように思えた。
「ここに誰かがいる。この通り道を使っている誰かが」
*
「なぁ、ハイドラ! この狩猟小屋、全く使われてないらしいから、俺たちの秘密基地にしようぜ!」
十年以上前の記憶だ。王都を見下ろす山でヘルクリーズの奴と遊びまわっていた時、その山の奥深くに、十年以上は使われていないだろう一軒の小屋を見つけた。
小屋の中には弓や縄など、狩猟道具がいくつか残されていた。
「でも、院長が最近、山には愚者が住み着くようになったから気をつけろって」
「……そうだな。じゃあさ、床に隠し扉作って、地下に基地を作ろう! それなら小屋に誰かが来てもバレないだろ!」
「うん! そうしよう!」
次の日、近くの農家からスコップを二本借り、小屋の下に穴を掘った。その頃はまだヘルクリーズが聖者になっていなかったが、二人とも院長の友人の老兵士に剣を習っていたので、腕っぷしはそこらの子供とは一線を画していた。
地下が殺風景だと面白くなかったから、狩猟道具を全て地下に持ち込んだ。
秘密基地計画は順調に進んでいたが、俺は顔をしかめた。
「これ、まずくない?」
「どうした? もう誰がきても、小屋に誰かが住んでるなんて思わないぞ」
小屋には、一見すると何も残っていなかった。ここに人が住んでいる者はきっと馬鹿にされる。三角屋根のついた大きな木箱と遜色ない。
だが、俺は何もないその空間に強い違和感を覚えていた。
*
「ここだな」
とある一軒の廃墟の屋根から、屋内へ飛び降りた。
かつて何の用途を担っていたかわからないほど、無表情な一軒家だった。崩れたレンガや石粒、素朴な木の棒……が、あまり散らばっていない。いくつかの廃墟で見た木の棒は、ツルハシやスコップから金属部分だけが盗られた残りカスだが、この廃墟には価値のない物すら転がっていなかった。
強烈な違和感は、その無表情さからくる物だった。手札にジョーカーを加えながら「何もないぞ」と、そう念入りに語りかけてくるようだ。
──ト、ト、コト。
足音が変わる。音の境目は床の材質によるものではなく目で見ても分かりづらいが、過去の経験と軍で培った教養が頼りになった。
高低差のある足音は、低い足音がした床の下に大きな空間があることを示している。
「考えることは同じか」
床の木目に目を凝らすと、不自然な節が見つかった。床板の一部が地下空間の隠し扉となっているのだ。構想としては、ヘルクリーズと作った秘密基地と同様だ。手かけなどはなく、使用者以外、外側からは簡単に開けないようになっている。
俺は腰の剣を抜き、不自然な木目に突き刺した。てこのように剣を斜めに傾けると、床板はパキパキと音を立て、縦一メートル、横二メートルくらいの床が浮き上がった。
腐った死体のような臭いが舞い上がった。
「や、やめろっ!」
人の叫ぶ声が、下から聞こえてきた。怯えた男の声だった。ここは廃墟だが、無人ではなかったらしい。
「お前は、誰だ」
「お前こそ誰なんだ! どうやってここを見つけた!?」
隠し扉をこじ開け地下を覗くと、差し込む光に目を細めた無精髭の男がこちらに槍を向けているのがわかった。男の腰は砕けて地面に座り込んでおり、槍の穂先は震えていて投擲してきそうな雰囲気もない。
「賊か」
「賊じゃねぇ!」
「そう言う割には……」
「……チッ」
「これは、一体……」
決して友好的な態度を取らない相手に隙を見せたくはなかったが、地下空間の光景に、俺は驚きを隠せなかった。
人がいることは、想像できていた。驚くべきは、山積みになった大量の石だ。砂粒のような物から、鶏卵ほどの大きさの物まで、太陽の光を吸い込んだように色とりどりに輝く石が、高さ一メートルほどの小山になっていた。
「まさか全部、宝珠なのか?」
「……そう見えるなら、そういう事だ。正しくは、宝珠の原石だがな」
「ああ、知ってるよ。だが、ここの鉱山は止まったはずじゃ……」
ふと、気配がした。この男以外の気配だ。
街の外縁から、何かが雑草を踏みつけながら近づいてくる。内容が聞き取れないくらいの話し声……人間、複数。足跡は四つ、二人。金属が擦れる音はない、軽装。
二人の気配は、どうやら廃墟と外とを出入りしている。何かを捜索しているのだろうか。
「隠れるしかないか」
「おい、近寄るな……!」
隠し扉を閉じ、槍を避けて男の首筋に剣の切先を突きつけ、左手で口を封じた。力は弱く、御し易い。聖者や愚者ではないだろう。
「お前も見つかりたくはないだろ。じっとしろ」
「むぐ……! 名前ぐら……! うぐ!」
顎を下から押し上げ、静かにさせた。
地上の二人組は一軒一軒廃墟を見て回っているようで、とうとう隠れ家にたどり着いた。
厚くない床板は足跡を地下空間に大きく響かせ、思いもよらぬ恐怖感を味わうこととなった。
無理に隠し扉をこじ開けた跡がおそらく残っており、それが原因で見つかればこの男とは大変気まずくなってしまう。
神経を尖らせていると、上から話し声が聞こえてくる。
「こんな廃墟に人がいるわけないでしょ? なんでアタシたちが意味のない仕事に当てられてるわけ?」
「ボクたちは軍じゃ若いからね。こういう仕事で実績を積み上げないといけないのさ!」
「じゃあアルテミスとかいう女はどうなのよ。私より若いんだからあいつも下働きしなさいよ! いっつもヘルクリーズ様の近くにいて、目障りだわ」
「いや、王国最強の魔導師だよ?」
(アルテミス……)
(なんだ、にいちゃん上の奴らと知り合いか?)
(…………)
上の二人は軍の関係者のようだ。アルテミスの年齢まで知っているとなれば、俺の顔を知らないということは考えづらい。聖者である可能性まで考慮すれば、制圧して目的を話させるより、隠れたままやり過ごすのが賢明だ。
そして気にかかるのは、アルテミス……この街に来ているのだろうか。オリンポスの三人のうち、彼女の元に残ったのはヘルクリーズだけだ。俺がヘルクリーズを殺したら、アルテミスは……。それ以前に、灼印は俺にアルテミスを殺させようとする。
頭に彼女を思い浮かべていると、彼女への想いが全て殺伐としたものに変わっていくのを感じる。
(クソ……クソ)
(にいちゃん?)
アルテミスには会えない。会ったら殺すことになる。殺し合いではない。彼女はきっと、俺を殺せない。『仲間を守りたい』という彼女の誓約が聖愚の隔たりによって灰塵に帰したとしても、元来の彼女は……。
だが、時間を経るたび、彼女の首を掻っ切るイメージが頭を侵蝕する。嫌だな……。
……虫の良い男だ、俺は。
「はい、次行くわよ。いくら探しても誰もいないっての」
「アルテミス殿は、いるかもって」
「あんな頼りなさそうな女の言う事本気にしないで」
二人の足音は遠ざかっていった。しばらく大人しくしていると、二人は一つ飛ばしで家屋を回り始め、思いの外早く気配は去ってくれた。
「行ったな。外を覗く方法はあるか?」
「音だけだ。ま、もう外に誰もいねぇよ。俺は三十年ここに住んでるから分かる」
「三十年だと。それは、鉱山が止まってからということか」
「若いのによく知ってるな、にいちゃん」
俺は運が良かったようだ。特定の何かを探していたわけではないが、見つけるべきはまさに彼だったろう。
当時の事情に詳しそうな彼の話を聞くため、岩壁の出っ張りに腰掛けた。
改めてあまりに暗い地下空間を見渡すと、そこが最低限の生活を送るのに整備された空間であることがわかった。自然と冷暗室になっているこの空間は生の食材を置いておくのに適しており、大きな木箱には芋や雑穀が詰まっていた。どういうわけか湿気は少なく、食材が傷む速度を緩和している。壁には使い古されたツルハシやスコップがかかり、頭部や関節を覆う鉄の防具も備わっていた。
「今でも、採掘を続けているのか」
「ああ、そうさ。そこにある宝珠の山が見えるだろ?」
「暗すぎてよく見えない。照明はないのか」
「ここで三十年生きてみろ。そしたら光なんていらなくなるぜ」
男は真か嘘か判断の付きにくい事を言う。その真偽がどうであれ、壁に採掘道具を修復するための道具も見受けられるから、細かい作業をするため照明を確保する手段は存在するはずだ。
それらしいものは、すぐに見つかった。
「火鉢に宝珠が入ってる。火の魔法は使えるだろ」
「……ったく、目敏いな、にいちゃん」
男は槍を壁に立てかけると、火鉢の宝珠を小さく発火させ、ついでに肉を焼き始めた。
俺が訝しげにその肉を見ると、男は「傭兵もやってんだよ」と言った。少なくとも、牛肉なんてのは賊が易々と口にできるものではない。
地下空間に明かりが灯った。たったこれだけでただの冷暗室よりはるかに良い。それどころか前後の落差が著しいおかげで、刹那的にとはいえ一般的な家庭より家庭的な空間に見えてしまう。対比較方で世の理をはかるのは不可能だ。
「で、にいちゃん。ここに何の用だ。さっきの奴らもにいちゃん絡みか?」
肉の匂いを漂わせながら、男は腰を据えて口を開いた。そろそろ「帰れ」と突っぱねられると思っていたから、少し驚いた。目を大きくした俺を見るや、男は二枚目の肉を焼いた。
俺は口の中に湧く涎を飲み込みながら、表の事を話した。
「コルトスに王都の軍が派遣された」
「は?」
「目的は、おそらく停止した鉱山の再開。王国全体で宝珠不足だからな」
俺たちの目は、自ずと色とりどりに輝く宝珠の山に吸い込まれた。
大雑把に分けて大体七色の宝珠は、赤から青に色相が移ろうにつれ質が良くなる。反対に、サイズは暖色の宝珠よりも寒色の方が小さく使用可能な魔法の規模が小さくなる。軍では、特別大きな赤い宝珠が戦略兵器として、青く小さな宝珠が携帯用の戦術兵器としてよく使用される。
この山となった宝珠も研磨すれば、軍用に耐え得る宝珠がいくつも採れるだろう。
「冗談じゃねえ。見捨てたくせによ……。宝珠はまだ掘れるってのに」
「それ、売らないのか? 一生遊んで暮らせると思うが」
「俺だってそうしたいが……」
「……?」
男は立ち上がると、ツルハシを手に取って肩に担いだ。隆々とした筋肉によく似合っている。まさしく、炭鉱の男、といったところだ。一方で肌はところどころ焼けたように爛れていて、特に首には酷く掻きむしったような赤い跡があった。
「俺は鉱夫だ。採ったもん勝手に売っ払ったら、それはもう賊と同じだ」
「じゃあ、王国に売ればいいじゃないか」
「だめだ。この町を捨てた王国なんぞ、信用できん」
男は王国への不信を表した。それを理由に、地下に宝珠を溜め込んでいるのだと。
「町か。コルトスじゃないよな」
「ああ。真上の町だ。当時はパイスって呼ばれてた。良い町だったぜ、鉱山労働は危険だらけだったが、毎日良い酒が飲めた。あの事故が起こるまでは、な」
「事故……」
男は悲壮な表情を浮かべた。貴重な宝珠が掘れる鉱山を三十年も使えなくした事故は、生易しいものではなかったろう。
しかし、目的にまた一歩近付いた。事故の全容が分かれば、軍がコルトスで何をしようとしているかが推測できる。
「事故が起こった当時の事、教えてくれるか」
「……脅さねぇのか。あまり、思い出したくはない」
男はその風貌に見合わず、顔色をみるみる青くした。印象との落差は、俺の同情を過剰に誘う。だが、せっかく当事者を見つけたのにそれを無為にするだけの余裕はなかった。
「お前しか聞くアテがない。お前以外に当時の鉱山労働者を教えてくれるなら、見逃してやる」
「…………俺だけだ」
「他は?」
「だいたい、その事故で死んだ。逃げたやつも、どうせどっかでのたれ死んでる。仕方ねぇから教えてやるよ。あいつらが、どうやって死んだか」
事故の詳しい内容はわからないが、王国内に数カ所しかない宝珠鉱脈の一つであるここが、そう簡単に放棄されるとは考え難い。何しろ宝珠は、軍における兵科の一つに数えられ戦力の中核となる魔導師に必須なのだ。
落盤事故なら、大規模魔導で山ごとほじくり返すくらいするだろう。ここ数年国内の不安定状態が続き、連鎖的に愚者が増え、聖者の戦力が求められる昨今では宝珠の価値も上がっているのだから尚更だ。
「さっきも見たが見事な廃墟だな。宝珠の鉱山が、本当に止まってるのか」
ヘルクリーズを追うように従軍した頃から、宝珠不足は耳にしていた。早急に解決するべきのはずだが、これまでコルトスの鉱山が解放されることはなかった。
「院長は、姉さんを犠牲にした聖誕の儀で、多くの聖者が生まれると言ってたな。なら、コルトスに来た聖者の目的はこの鉱山のはずだ」
ひとまず、かつて鉱山労働者が住んでいた街跡を歩いてみた。
石畳の道からは雑草が逞しく伸びており、ドアノブなどの金属類は全て持ち去られている。やはりというべきか、つた植物と崩れたレンガに人の気配などない。鉱山が動いていないことの証左ともいえるだろう。
「聖者はまだ来てないな。足跡はどこにも……」
地面を覆い尽くすような雑草に、誰かが足で踏んだような跡はない。腰の高さまで伸びた草を掻き分けずに進むことは困難で、馬鹿正直に三十年前の秩序に従って道路を歩いていれば、聖者に俺の後を付けられてしまう。
コルトスの市街に戻り、街灯から宝珠を盗んで風魔法で草刈りに勤しむのもいいが、愚者らしく盗みを働く前に、廃墟を探索するのに良いルートを見つけた。
「ほっ。よっ、と」
廃墟の屋根に飛び乗った。レンガの安定性を意識し、崩れないよう足を乗せる場所に気を付けながら、次の家へ飛び移る。
道なき道を進むのは、俺がヘルクリーズに勝てる数少ない特技だった。一切跡を残さず、ひょいひょいと屋根を伝う。
平面の多い人工物なので、険しい山道よりは簡単……いや、簡単すぎだ。放棄されて崩れ去っている廃墟にしては、まるで造られたアスレチックのような。屋根を伝うことを想定されているように思えた。
「ここに誰かがいる。この通り道を使っている誰かが」
*
「なぁ、ハイドラ! この狩猟小屋、全く使われてないらしいから、俺たちの秘密基地にしようぜ!」
十年以上前の記憶だ。王都を見下ろす山でヘルクリーズの奴と遊びまわっていた時、その山の奥深くに、十年以上は使われていないだろう一軒の小屋を見つけた。
小屋の中には弓や縄など、狩猟道具がいくつか残されていた。
「でも、院長が最近、山には愚者が住み着くようになったから気をつけろって」
「……そうだな。じゃあさ、床に隠し扉作って、地下に基地を作ろう! それなら小屋に誰かが来てもバレないだろ!」
「うん! そうしよう!」
次の日、近くの農家からスコップを二本借り、小屋の下に穴を掘った。その頃はまだヘルクリーズが聖者になっていなかったが、二人とも院長の友人の老兵士に剣を習っていたので、腕っぷしはそこらの子供とは一線を画していた。
地下が殺風景だと面白くなかったから、狩猟道具を全て地下に持ち込んだ。
秘密基地計画は順調に進んでいたが、俺は顔をしかめた。
「これ、まずくない?」
「どうした? もう誰がきても、小屋に誰かが住んでるなんて思わないぞ」
小屋には、一見すると何も残っていなかった。ここに人が住んでいる者はきっと馬鹿にされる。三角屋根のついた大きな木箱と遜色ない。
だが、俺は何もないその空間に強い違和感を覚えていた。
*
「ここだな」
とある一軒の廃墟の屋根から、屋内へ飛び降りた。
かつて何の用途を担っていたかわからないほど、無表情な一軒家だった。崩れたレンガや石粒、素朴な木の棒……が、あまり散らばっていない。いくつかの廃墟で見た木の棒は、ツルハシやスコップから金属部分だけが盗られた残りカスだが、この廃墟には価値のない物すら転がっていなかった。
強烈な違和感は、その無表情さからくる物だった。手札にジョーカーを加えながら「何もないぞ」と、そう念入りに語りかけてくるようだ。
──ト、ト、コト。
足音が変わる。音の境目は床の材質によるものではなく目で見ても分かりづらいが、過去の経験と軍で培った教養が頼りになった。
高低差のある足音は、低い足音がした床の下に大きな空間があることを示している。
「考えることは同じか」
床の木目に目を凝らすと、不自然な節が見つかった。床板の一部が地下空間の隠し扉となっているのだ。構想としては、ヘルクリーズと作った秘密基地と同様だ。手かけなどはなく、使用者以外、外側からは簡単に開けないようになっている。
俺は腰の剣を抜き、不自然な木目に突き刺した。てこのように剣を斜めに傾けると、床板はパキパキと音を立て、縦一メートル、横二メートルくらいの床が浮き上がった。
腐った死体のような臭いが舞い上がった。
「や、やめろっ!」
人の叫ぶ声が、下から聞こえてきた。怯えた男の声だった。ここは廃墟だが、無人ではなかったらしい。
「お前は、誰だ」
「お前こそ誰なんだ! どうやってここを見つけた!?」
隠し扉をこじ開け地下を覗くと、差し込む光に目を細めた無精髭の男がこちらに槍を向けているのがわかった。男の腰は砕けて地面に座り込んでおり、槍の穂先は震えていて投擲してきそうな雰囲気もない。
「賊か」
「賊じゃねぇ!」
「そう言う割には……」
「……チッ」
「これは、一体……」
決して友好的な態度を取らない相手に隙を見せたくはなかったが、地下空間の光景に、俺は驚きを隠せなかった。
人がいることは、想像できていた。驚くべきは、山積みになった大量の石だ。砂粒のような物から、鶏卵ほどの大きさの物まで、太陽の光を吸い込んだように色とりどりに輝く石が、高さ一メートルほどの小山になっていた。
「まさか全部、宝珠なのか?」
「……そう見えるなら、そういう事だ。正しくは、宝珠の原石だがな」
「ああ、知ってるよ。だが、ここの鉱山は止まったはずじゃ……」
ふと、気配がした。この男以外の気配だ。
街の外縁から、何かが雑草を踏みつけながら近づいてくる。内容が聞き取れないくらいの話し声……人間、複数。足跡は四つ、二人。金属が擦れる音はない、軽装。
二人の気配は、どうやら廃墟と外とを出入りしている。何かを捜索しているのだろうか。
「隠れるしかないか」
「おい、近寄るな……!」
隠し扉を閉じ、槍を避けて男の首筋に剣の切先を突きつけ、左手で口を封じた。力は弱く、御し易い。聖者や愚者ではないだろう。
「お前も見つかりたくはないだろ。じっとしろ」
「むぐ……! 名前ぐら……! うぐ!」
顎を下から押し上げ、静かにさせた。
地上の二人組は一軒一軒廃墟を見て回っているようで、とうとう隠れ家にたどり着いた。
厚くない床板は足跡を地下空間に大きく響かせ、思いもよらぬ恐怖感を味わうこととなった。
無理に隠し扉をこじ開けた跡がおそらく残っており、それが原因で見つかればこの男とは大変気まずくなってしまう。
神経を尖らせていると、上から話し声が聞こえてくる。
「こんな廃墟に人がいるわけないでしょ? なんでアタシたちが意味のない仕事に当てられてるわけ?」
「ボクたちは軍じゃ若いからね。こういう仕事で実績を積み上げないといけないのさ!」
「じゃあアルテミスとかいう女はどうなのよ。私より若いんだからあいつも下働きしなさいよ! いっつもヘルクリーズ様の近くにいて、目障りだわ」
「いや、王国最強の魔導師だよ?」
(アルテミス……)
(なんだ、にいちゃん上の奴らと知り合いか?)
(…………)
上の二人は軍の関係者のようだ。アルテミスの年齢まで知っているとなれば、俺の顔を知らないということは考えづらい。聖者である可能性まで考慮すれば、制圧して目的を話させるより、隠れたままやり過ごすのが賢明だ。
そして気にかかるのは、アルテミス……この街に来ているのだろうか。オリンポスの三人のうち、彼女の元に残ったのはヘルクリーズだけだ。俺がヘルクリーズを殺したら、アルテミスは……。それ以前に、灼印は俺にアルテミスを殺させようとする。
頭に彼女を思い浮かべていると、彼女への想いが全て殺伐としたものに変わっていくのを感じる。
(クソ……クソ)
(にいちゃん?)
アルテミスには会えない。会ったら殺すことになる。殺し合いではない。彼女はきっと、俺を殺せない。『仲間を守りたい』という彼女の誓約が聖愚の隔たりによって灰塵に帰したとしても、元来の彼女は……。
だが、時間を経るたび、彼女の首を掻っ切るイメージが頭を侵蝕する。嫌だな……。
……虫の良い男だ、俺は。
「はい、次行くわよ。いくら探しても誰もいないっての」
「アルテミス殿は、いるかもって」
「あんな頼りなさそうな女の言う事本気にしないで」
二人の足音は遠ざかっていった。しばらく大人しくしていると、二人は一つ飛ばしで家屋を回り始め、思いの外早く気配は去ってくれた。
「行ったな。外を覗く方法はあるか?」
「音だけだ。ま、もう外に誰もいねぇよ。俺は三十年ここに住んでるから分かる」
「三十年だと。それは、鉱山が止まってからということか」
「若いのによく知ってるな、にいちゃん」
俺は運が良かったようだ。特定の何かを探していたわけではないが、見つけるべきはまさに彼だったろう。
当時の事情に詳しそうな彼の話を聞くため、岩壁の出っ張りに腰掛けた。
改めてあまりに暗い地下空間を見渡すと、そこが最低限の生活を送るのに整備された空間であることがわかった。自然と冷暗室になっているこの空間は生の食材を置いておくのに適しており、大きな木箱には芋や雑穀が詰まっていた。どういうわけか湿気は少なく、食材が傷む速度を緩和している。壁には使い古されたツルハシやスコップがかかり、頭部や関節を覆う鉄の防具も備わっていた。
「今でも、採掘を続けているのか」
「ああ、そうさ。そこにある宝珠の山が見えるだろ?」
「暗すぎてよく見えない。照明はないのか」
「ここで三十年生きてみろ。そしたら光なんていらなくなるぜ」
男は真か嘘か判断の付きにくい事を言う。その真偽がどうであれ、壁に採掘道具を修復するための道具も見受けられるから、細かい作業をするため照明を確保する手段は存在するはずだ。
それらしいものは、すぐに見つかった。
「火鉢に宝珠が入ってる。火の魔法は使えるだろ」
「……ったく、目敏いな、にいちゃん」
男は槍を壁に立てかけると、火鉢の宝珠を小さく発火させ、ついでに肉を焼き始めた。
俺が訝しげにその肉を見ると、男は「傭兵もやってんだよ」と言った。少なくとも、牛肉なんてのは賊が易々と口にできるものではない。
地下空間に明かりが灯った。たったこれだけでただの冷暗室よりはるかに良い。それどころか前後の落差が著しいおかげで、刹那的にとはいえ一般的な家庭より家庭的な空間に見えてしまう。対比較方で世の理をはかるのは不可能だ。
「で、にいちゃん。ここに何の用だ。さっきの奴らもにいちゃん絡みか?」
肉の匂いを漂わせながら、男は腰を据えて口を開いた。そろそろ「帰れ」と突っぱねられると思っていたから、少し驚いた。目を大きくした俺を見るや、男は二枚目の肉を焼いた。
俺は口の中に湧く涎を飲み込みながら、表の事を話した。
「コルトスに王都の軍が派遣された」
「は?」
「目的は、おそらく停止した鉱山の再開。王国全体で宝珠不足だからな」
俺たちの目は、自ずと色とりどりに輝く宝珠の山に吸い込まれた。
大雑把に分けて大体七色の宝珠は、赤から青に色相が移ろうにつれ質が良くなる。反対に、サイズは暖色の宝珠よりも寒色の方が小さく使用可能な魔法の規模が小さくなる。軍では、特別大きな赤い宝珠が戦略兵器として、青く小さな宝珠が携帯用の戦術兵器としてよく使用される。
この山となった宝珠も研磨すれば、軍用に耐え得る宝珠がいくつも採れるだろう。
「冗談じゃねえ。見捨てたくせによ……。宝珠はまだ掘れるってのに」
「それ、売らないのか? 一生遊んで暮らせると思うが」
「俺だってそうしたいが……」
「……?」
男は立ち上がると、ツルハシを手に取って肩に担いだ。隆々とした筋肉によく似合っている。まさしく、炭鉱の男、といったところだ。一方で肌はところどころ焼けたように爛れていて、特に首には酷く掻きむしったような赤い跡があった。
「俺は鉱夫だ。採ったもん勝手に売っ払ったら、それはもう賊と同じだ」
「じゃあ、王国に売ればいいじゃないか」
「だめだ。この町を捨てた王国なんぞ、信用できん」
男は王国への不信を表した。それを理由に、地下に宝珠を溜め込んでいるのだと。
「町か。コルトスじゃないよな」
「ああ。真上の町だ。当時はパイスって呼ばれてた。良い町だったぜ、鉱山労働は危険だらけだったが、毎日良い酒が飲めた。あの事故が起こるまでは、な」
「事故……」
男は悲壮な表情を浮かべた。貴重な宝珠が掘れる鉱山を三十年も使えなくした事故は、生易しいものではなかったろう。
しかし、目的にまた一歩近付いた。事故の全容が分かれば、軍がコルトスで何をしようとしているかが推測できる。
「事故が起こった当時の事、教えてくれるか」
「……脅さねぇのか。あまり、思い出したくはない」
男はその風貌に見合わず、顔色をみるみる青くした。印象との落差は、俺の同情を過剰に誘う。だが、せっかく当事者を見つけたのにそれを無為にするだけの余裕はなかった。
「お前しか聞くアテがない。お前以外に当時の鉱山労働者を教えてくれるなら、見逃してやる」
「…………俺だけだ」
「他は?」
「だいたい、その事故で死んだ。逃げたやつも、どうせどっかでのたれ死んでる。仕方ねぇから教えてやるよ。あいつらが、どうやって死んだか」
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