新人領主は死霊術師

タタクラリ

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3. 入植場所は辺境地域

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 陽が明け、要塞を後にしたふたりは街道を歩きながら都市計画について語り合っていた。

「それで、どこに都市を創るんだ。目星はつけているのか。そもそも、都市ってのはどうやって創るんだ」
「質問が多いな。希望を言うなら、リッチの寝殿っていう遺跡の近くがいい」
「リッチの寝殿……リッチって言ったら、アンデットの頂点じゃないか」
「ああ。リッチを支配してその力を使うことができたら、死霊術師としての格が一気に上がるだろ。そしたら人が勝手に集まってくる」
「夢物語を聞いているつもりはなかったんだが」

 クローデンの野望は嘲笑された。新米死霊術師がリッチを支配するなど、長い死霊術の歴史の中に前例はない。誰も成し遂げられず、成し遂げようとする者もほとんどいなかった。それゆえに、リッチの支配に挑もうとする命知らずな死霊術師も現れたが、そのようなうつけ者はリッチの寝殿にたどり着く前に何らかの失敗によってこの世を去った。
 ベルサリアはこういった死霊術師の事情に詳しくはなかったが、クローデンの野望が少なくとも今の段階では決して達せられないことはわかっていた。

「まあ、まじめに考えれば、都市部の近くに創ればすぐに目を付けられるから、辺境に創ることになるかな」
「懸命だな。生前にはネクロポリスを征伐することもあったが、辺境地域のものは後回しにされていた。直接的な被害を与えてこないような都市に軍事費をかける余裕はなかったからな」

 現実的な意見のもと、方針は定まった。ほかの都市に刺激を与えないよう、陰でこそこそ拡大の準備をするのである。日陰者の死霊術師らしいやり方にクローデンはあまり乗り気ではなかったが、選択肢は多くなかった。

「だが、ふたりじゃ小屋もろくに立てられないぞ。風呂なんてもってのほかだ」
「ああ、場所はいいけどとにかく人手がいる。戦場からかっぱらうのが手っ取り早いんだけど」

 クローデンが人材確保の頼みにしていた死霊術師の要塞征伐が一体のグールも残すことなく終結してしまったため、何をするにも最も重要な人手が圧倒的に不足していた。ネクロポリスなら、住民は当然グールである。
 そのグール集めに関して、ベルサリアが申し出た。

「人手集めには協力しないぞ。いくらグールになった身だとはいえ、誰かを殺して、そいつを蘇らせて無理やり支配して……だなんて」

 ベルサリアは都市の建造には興味があったが、死霊術師の行う人手集めというのには消極的だった。死霊術師のグール集めというのは決まって、人々が平和に生活を送る町や集落をグールの軍勢で襲撃し、虐殺し、蘇生し、そして強制的に支配する、という流れで行われるものだったからだ。
 そのため死霊術師の治めるネクロポリスはあらゆる人々にとって害悪であり、征伐しなければならないものだった。
 しかし、クローデンはそのやり方を否定した。

「いや、俺もそういうことは出来るだけ避けたいんだ。従来の死霊術師のやり方は、俺の理想とはかけ離れてる」
「理想?」

 クローデンには小さなころから胸に抱き続けている、死霊術師としての理想の姿があった。それは、クローデンが一応の平和を捨て、里を飛び出した理由ともつながっていた。
 クローデンは己の真の野望を力強く語った。

「俺は、死霊術師が社会の一員となる世の中にしたい。死霊術師の蘇生魔法を勢力の拡大じゃなくて、死んじまったけど、まだやり残したことがある人が夢をかなえられるように、大切な人と最期にちょっとでも話せるように……。そういう使い道ができるような世界にしたい」
「……また、夢物語か?」
「本気だ」
「…………」

 クローデンの理想に、ベルサリアは空を見上げ、ゆっくりと目を閉じ、それから夢見がちな死霊術師の方へ向き直った。その鋭い眼には、理想を語るクローデンと似て、しかし真逆の位相の光が宿っていた。

「なら私のやり残したことも、やり遂げないとな」
「風呂か?」
「戯れるな。私にも、五百年の間この胸にくすぶっていた理想がある。──帝国を、ぶっ潰したい」
「……は? ぶっ潰すって」

 突然の告白にクローデンは困惑した。

「聞こえ以上に物騒なことじゃない。私は帝国が、五百年前から同じ名前で存在し続けていることが気に食わなくて仕方ないんだ。ちょっと一泡吹かせてやりたいだけだよ」
「帝国に、何かされたのか」
「…………。冗談だ。死者には復讐心を携える者も多いだろうから気をつけろって、忠告したかっただけだ」

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