夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第4章『小雨の拾い物』

第28話

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とは言ったものの、ハンカチ以外に手がかりはない。
ハッピーキャンディのおじいさんはどこにでも現れるわけで、同じ場所にとどまってくれるとは限らないのだ。
「そういえば、穂乃が助けたのはおじいさんだったか?」
「それが、帽子で顔が見えなかったから分からなかったんだ。
だけど、杖を使っていたからおじいさんなんじゃないかって思ったの」
「そうか…なら、穂乃が会った場所を探してみよう」
「うん!」
「じゃあ、俺は桜良とハッピーキャンディの目撃情報がないか聞いてみます」
「ああ。頼む」
穂乃と手を繋いで放送室を出ると、うっとりした様子でこちらを見た。
「桜良お姉さん、すごく綺麗な人だね」
「私もそう思う」
こういう感覚は姉妹で似ているのかもしれない。
しばらく歩いていると、あまり見たことがない道に辿り着いた。
「いつもここから帰っているのか?」
「時々使ってる道だよ。静かだし、怖い犬に吠えられないから…」
「本当に犬が苦手なんだな。吠えられたことがあるのか?」
「うん。家の前を通っただけで大声で吠えられて怖かったの。
その犬がいない時間が決まってて、そのときはこっちの道を通ってないんだ」
通学路の話なんてほとんどしたことがなかったから、こうして今話を聞けるだけでも楽しい。
「ここから杖を持った人はどっちに行った?」
「えっと、そこの曲がり角を左に行ったよ。それから3番目の道を右に行って…だけど、そこで見失っちゃった」
そんなに広い道ではないのに追いつけないのはおかしい。
やはり、相手が人間ではないという見立ては間違いではなかったようだ。
言われたとおりに道を進むと、そこには大きな塀がたっていた。
「成程、行き止まりか」
「それじゃあ、あの人はどこに消えちゃったの?」
「普通の人間からすればここは行き止まりだ。けど、こうすると…」
足元に転がっていた小石を塀に向かって投げつける。
すると、小石は一瞬のうちに吸いこまれていった。
「ええ…!?」
「向こう側に空間がある。あんまりいいものじゃないだろうが、もしかするとこの奥にいるのかもしれない」
「い、行くの?」
穂乃が怖がるのも無理はない。
普通に生活している人間が遭遇する場面ではないことくらい分かっている。
それに、もしふたりで行って何かあったら悔やんでも悔やみきれない。
「今日はここまでにして帰ろうか」
「でも、」
「焦るのも分かるけど、今はここに飛びこむのが得策とは思えない」
「…分かった」
渋々といった様子で来た道を戻ろうとしたが、後ろから誰かに声をかけられる。
《すみません》
…おかしい。後ろから人間がやってこられるはずがない。
「穂乃、振りかえるな!」
「え──」
《キシシシシシ!》
穂乃に飛びかかろうとするよく分からないものに向かって、ポケットに仕舞ってあった札を投げつけた。
《キシ、シ…な、なんだこれは?》
急いで穂乃を抱きしめて耳を塞ぐ。
誰かを消し飛ばすなんてものを妹に背負わせるつもりはない。
「大丈夫か?」
「う、うん…吃驚した」
「ごめん。多分私が石を投げたからだ」
「私、お姉ちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう」
怖かっただろうに、穂乃はそんなふうに言ってくれた。
今度こそ帰ろうとすると、また後ろから声をかけられる。
《あの、すみません》
内心身構えたが、穂乃が嬉しそうに相手の方へ駆け寄った。
「こんにちは。この前は大丈夫でしたか?」
《ああ…うん。本当にありがとう》
ハッピーキャンディの噂にしては随分声が若いような気がする。
「あの、これを落としていったみたいだからずっと渡したくて…」
穂乃がふたりで手洗いしたハンカチを手渡すと、相手はとても嬉しそうな声で話した。
《どこで落としたか分からなくてもう諦めてたんだ。ありがとう、僕にとって大切なものなんだ》
「ちゃんと返せてよかったです」
「…なあ、一応あんたの名前を聞いてもいいか?妹と話した相手のことを知っておきたい」
フードの男に話しかけると、一瞬驚いたような顔をして教えてくれた。
《僕はハッピーキャンディ…の、弟子です。最近師匠が体調を崩しがちで、そろそろ正式に跡を継ぐ予定です》
「そうか。妹と仲良くしてくれてありがとう。大切なものはなくさないようにな。行こう穂乃」
「お兄さん、またね」
そのままふたりで立ち去ろうとしたが、弟子に呼び止められて止まってしまう。
《これ、よかったらもらってください。師匠のほど強くはないけど、多少の幸福や不幸の回避はできるので…》
「ありがとうございます」
「私までもらっていいのか?」
《勿論です。先程あなたが追い祓ってくれたおかげで、僕たちはもう少しこの土地にいられるんですから》
あれが何だったのかなんて分からない。
結果的に助けたことになっただけなのだが、感謝の言葉をもらえるのは嬉しかった。
「ありがとう。大切にいただくよ」
穂乃とふたり、今度こそ帰路につく。
誰にも見られないように食べようと約束して、飴玉をポケットに仕舞った。
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