32 / 302
第4章『小雨の拾い物』
第28話
しおりを挟む
とは言ったものの、ハンカチ以外に手がかりはない。
ハッピーキャンディのおじいさんはどこにでも現れるわけで、同じ場所にとどまってくれるとは限らないのだ。
「そういえば、穂乃が助けたのはおじいさんだったか?」
「それが、帽子で顔が見えなかったから分からなかったんだ。
だけど、杖を使っていたからおじいさんなんじゃないかって思ったの」
「そうか…なら、穂乃が会った場所を探してみよう」
「うん!」
「じゃあ、俺は桜良とハッピーキャンディの目撃情報がないか聞いてみます」
「ああ。頼む」
穂乃と手を繋いで放送室を出ると、うっとりした様子でこちらを見た。
「桜良お姉さん、すごく綺麗な人だね」
「私もそう思う」
こういう感覚は姉妹で似ているのかもしれない。
しばらく歩いていると、あまり見たことがない道に辿り着いた。
「いつもここから帰っているのか?」
「時々使ってる道だよ。静かだし、怖い犬に吠えられないから…」
「本当に犬が苦手なんだな。吠えられたことがあるのか?」
「うん。家の前を通っただけで大声で吠えられて怖かったの。
その犬がいない時間が決まってて、そのときはこっちの道を通ってないんだ」
通学路の話なんてほとんどしたことがなかったから、こうして今話を聞けるだけでも楽しい。
「ここから杖を持った人はどっちに行った?」
「えっと、そこの曲がり角を左に行ったよ。それから3番目の道を右に行って…だけど、そこで見失っちゃった」
そんなに広い道ではないのに追いつけないのはおかしい。
やはり、相手が人間ではないという見立ては間違いではなかったようだ。
言われたとおりに道を進むと、そこには大きな塀がたっていた。
「成程、行き止まりか」
「それじゃあ、あの人はどこに消えちゃったの?」
「普通の人間からすればここは行き止まりだ。けど、こうすると…」
足元に転がっていた小石を塀に向かって投げつける。
すると、小石は一瞬のうちに吸いこまれていった。
「ええ…!?」
「向こう側に空間がある。あんまりいいものじゃないだろうが、もしかするとこの奥にいるのかもしれない」
「い、行くの?」
穂乃が怖がるのも無理はない。
普通に生活している人間が遭遇する場面ではないことくらい分かっている。
それに、もしふたりで行って何かあったら悔やんでも悔やみきれない。
「今日はここまでにして帰ろうか」
「でも、」
「焦るのも分かるけど、今はここに飛びこむのが得策とは思えない」
「…分かった」
渋々といった様子で来た道を戻ろうとしたが、後ろから誰かに声をかけられる。
《すみません》
…おかしい。後ろから人間がやってこられるはずがない。
「穂乃、振りかえるな!」
「え──」
《キシシシシシ!》
穂乃に飛びかかろうとするよく分からないものに向かって、ポケットに仕舞ってあった札を投げつけた。
《キシ、シ…な、なんだこれは?》
急いで穂乃を抱きしめて耳を塞ぐ。
誰かを消し飛ばすなんてものを妹に背負わせるつもりはない。
「大丈夫か?」
「う、うん…吃驚した」
「ごめん。多分私が石を投げたからだ」
「私、お姉ちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう」
怖かっただろうに、穂乃はそんなふうに言ってくれた。
今度こそ帰ろうとすると、また後ろから声をかけられる。
《あの、すみません》
内心身構えたが、穂乃が嬉しそうに相手の方へ駆け寄った。
「こんにちは。この前は大丈夫でしたか?」
《ああ…うん。本当にありがとう》
ハッピーキャンディの噂にしては随分声が若いような気がする。
「あの、これを落としていったみたいだからずっと渡したくて…」
穂乃がふたりで手洗いしたハンカチを手渡すと、相手はとても嬉しそうな声で話した。
《どこで落としたか分からなくてもう諦めてたんだ。ありがとう、僕にとって大切なものなんだ》
「ちゃんと返せてよかったです」
「…なあ、一応あんたの名前を聞いてもいいか?妹と話した相手のことを知っておきたい」
フードの男に話しかけると、一瞬驚いたような顔をして教えてくれた。
《僕はハッピーキャンディ…の、弟子です。最近師匠が体調を崩しがちで、そろそろ正式に跡を継ぐ予定です》
「そうか。妹と仲良くしてくれてありがとう。大切なものはなくさないようにな。行こう穂乃」
「お兄さん、またね」
そのままふたりで立ち去ろうとしたが、弟子に呼び止められて止まってしまう。
《これ、よかったらもらってください。師匠のほど強くはないけど、多少の幸福や不幸の回避はできるので…》
「ありがとうございます」
「私までもらっていいのか?」
《勿論です。先程あなたが追い祓ってくれたおかげで、僕たちはもう少しこの土地にいられるんですから》
あれが何だったのかなんて分からない。
結果的に助けたことになっただけなのだが、感謝の言葉をもらえるのは嬉しかった。
「ありがとう。大切にいただくよ」
穂乃とふたり、今度こそ帰路につく。
誰にも見られないように食べようと約束して、飴玉をポケットに仕舞った。
ハッピーキャンディのおじいさんはどこにでも現れるわけで、同じ場所にとどまってくれるとは限らないのだ。
「そういえば、穂乃が助けたのはおじいさんだったか?」
「それが、帽子で顔が見えなかったから分からなかったんだ。
だけど、杖を使っていたからおじいさんなんじゃないかって思ったの」
「そうか…なら、穂乃が会った場所を探してみよう」
「うん!」
「じゃあ、俺は桜良とハッピーキャンディの目撃情報がないか聞いてみます」
「ああ。頼む」
穂乃と手を繋いで放送室を出ると、うっとりした様子でこちらを見た。
「桜良お姉さん、すごく綺麗な人だね」
「私もそう思う」
こういう感覚は姉妹で似ているのかもしれない。
しばらく歩いていると、あまり見たことがない道に辿り着いた。
「いつもここから帰っているのか?」
「時々使ってる道だよ。静かだし、怖い犬に吠えられないから…」
「本当に犬が苦手なんだな。吠えられたことがあるのか?」
「うん。家の前を通っただけで大声で吠えられて怖かったの。
その犬がいない時間が決まってて、そのときはこっちの道を通ってないんだ」
通学路の話なんてほとんどしたことがなかったから、こうして今話を聞けるだけでも楽しい。
「ここから杖を持った人はどっちに行った?」
「えっと、そこの曲がり角を左に行ったよ。それから3番目の道を右に行って…だけど、そこで見失っちゃった」
そんなに広い道ではないのに追いつけないのはおかしい。
やはり、相手が人間ではないという見立ては間違いではなかったようだ。
言われたとおりに道を進むと、そこには大きな塀がたっていた。
「成程、行き止まりか」
「それじゃあ、あの人はどこに消えちゃったの?」
「普通の人間からすればここは行き止まりだ。けど、こうすると…」
足元に転がっていた小石を塀に向かって投げつける。
すると、小石は一瞬のうちに吸いこまれていった。
「ええ…!?」
「向こう側に空間がある。あんまりいいものじゃないだろうが、もしかするとこの奥にいるのかもしれない」
「い、行くの?」
穂乃が怖がるのも無理はない。
普通に生活している人間が遭遇する場面ではないことくらい分かっている。
それに、もしふたりで行って何かあったら悔やんでも悔やみきれない。
「今日はここまでにして帰ろうか」
「でも、」
「焦るのも分かるけど、今はここに飛びこむのが得策とは思えない」
「…分かった」
渋々といった様子で来た道を戻ろうとしたが、後ろから誰かに声をかけられる。
《すみません》
…おかしい。後ろから人間がやってこられるはずがない。
「穂乃、振りかえるな!」
「え──」
《キシシシシシ!》
穂乃に飛びかかろうとするよく分からないものに向かって、ポケットに仕舞ってあった札を投げつけた。
《キシ、シ…な、なんだこれは?》
急いで穂乃を抱きしめて耳を塞ぐ。
誰かを消し飛ばすなんてものを妹に背負わせるつもりはない。
「大丈夫か?」
「う、うん…吃驚した」
「ごめん。多分私が石を投げたからだ」
「私、お姉ちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう」
怖かっただろうに、穂乃はそんなふうに言ってくれた。
今度こそ帰ろうとすると、また後ろから声をかけられる。
《あの、すみません》
内心身構えたが、穂乃が嬉しそうに相手の方へ駆け寄った。
「こんにちは。この前は大丈夫でしたか?」
《ああ…うん。本当にありがとう》
ハッピーキャンディの噂にしては随分声が若いような気がする。
「あの、これを落としていったみたいだからずっと渡したくて…」
穂乃がふたりで手洗いしたハンカチを手渡すと、相手はとても嬉しそうな声で話した。
《どこで落としたか分からなくてもう諦めてたんだ。ありがとう、僕にとって大切なものなんだ》
「ちゃんと返せてよかったです」
「…なあ、一応あんたの名前を聞いてもいいか?妹と話した相手のことを知っておきたい」
フードの男に話しかけると、一瞬驚いたような顔をして教えてくれた。
《僕はハッピーキャンディ…の、弟子です。最近師匠が体調を崩しがちで、そろそろ正式に跡を継ぐ予定です》
「そうか。妹と仲良くしてくれてありがとう。大切なものはなくさないようにな。行こう穂乃」
「お兄さん、またね」
そのままふたりで立ち去ろうとしたが、弟子に呼び止められて止まってしまう。
《これ、よかったらもらってください。師匠のほど強くはないけど、多少の幸福や不幸の回避はできるので…》
「ありがとうございます」
「私までもらっていいのか?」
《勿論です。先程あなたが追い祓ってくれたおかげで、僕たちはもう少しこの土地にいられるんですから》
あれが何だったのかなんて分からない。
結果的に助けたことになっただけなのだが、感謝の言葉をもらえるのは嬉しかった。
「ありがとう。大切にいただくよ」
穂乃とふたり、今度こそ帰路につく。
誰にも見られないように食べようと約束して、飴玉をポケットに仕舞った。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる