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第7章『夜回りと百物語』
第50話
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──この学園の中庭には妖精が住んでいます。
心優しい者以外には見えない、知識と美貌を兼ね備えた妖精です。
心奪われた少年は、自分のものにしようと妖精を檻の中に閉じ込めてしまいました。
それからというもの、少年には災難が降りかかります。
最期は大切な親友によって殺されてしまいました。
「だから妖精には、決して心を奪われないように…」
「え、怖!今の1本な」
「けど、学園に妖精なんて流石にいないだろ」
男子生徒たちから視線を外すと、先生が複雑そうな表情で窓ガラスを見つめていた。
「…なあ、先生。妖精かどうかは知らないけど、学園の中庭に誰かいるよな?」
「昔から住んでる奴だ。詳しいことは分からないが、大切にしているものがあるっていうのは聞いたことがある」
以前から何度か視線を感じたことはあったものの、その正体を掴めずにいた。
そうしている間にも怪談は続いていく。
異世界へ行く方法、幽婚…私が視えないただの人間なら怖い程度の認識だっただろう。
「じゃあ、最後の1本の話はじめるぞ」
「おう!」
──なあ、入道様って知ってるか?
入道雲を操る、なんていうまんますぎる話なんだけど…心を読んだり乱したり、好き勝手できるらしい。
好きな男の心を自分に傾けようと試みた女性がいたらしいんだけど、その子は願いが叶ったら自分の足をあげるって約束したんだと。
けど、当然それは守られなかった。
その女、どうなったと思う?…全身切り刻まれた状態で発見されたけど、足だけ綺麗になくなってたって。
「本格的…ぞくっとしたわ」
「怖い話、探してきたかいあったわ」
「んじゃ、消すか」
本人たちは軽い気持ちで話しているのだろうが、私も先生も焦りを感じていた。
近寄ってくる複数の気配…その中のひとつがとりわけ強い。
「…大丈夫だ。俺がなんとかする」
「先生」
「本調子じゃないだろ?」
たしかに怪我は治りきっていない。
それでも、この場から逃げるつもりなんて毛頭なかった。
最後の1本が消され、完全に暗転する。
「何も起こらないな…」
「なんだ、やっぱり噂、」
何かが割れる音が聞こえた直後、男子生徒の悲鳴がこだまする。
「大丈夫か?」
一応声をかけてみるが反応がない。
できれば避けたかったが、見られたくないと言っていられる状況じゃないのは分かっている。
「──燃えろ」
手に構えていた札が轟々と炎を帯び、ゆっくり辺りを照らしてみる。
男子生徒のうち、ひとりは私の足元に倒れている。
ひとりはぶつぶつ何か話していて、もうひとりは明らかに人間のものではない笑みを浮かべていた。
《モッと、強イ体、欲しイ…おまエ!》
きょろきょろしていた猫目が私を捉え、こちらに向かって突進してくる。
生きている人間に矢を放つわけにはいかないため、取り敢えず後ろに3歩引いた。
《ぎゃはははハハ!》
悍しい笑い声をあげる相手になす術なく立ち尽くしていると、突然体が軽くなった。
…いや、宙を舞ったというのが正確らしい。
「少し静かにしてろ」
先生が糸で私を吊るしてくれていたらしかったけど、相手にはそれが視えていないらしい。
《美味シい、食ベル、どコ行ッタ…》
相手はぶつぶつ言いながら出ていってしまった。
呆然とする私をそっと下ろして先生は息を吐く。
「あの物の怪は地獄耳なんだ。ただし、目が絶望的に悪い。特に上の方はよく見えないらしい」
「ありがとう先生。助かったよ」
知識がない私では今の物の怪に勝てなかった。
どう誘導するべきかばかり考えていたが、相手を識ることから戦いははじまる。
「それで、どうする?気絶してる奴はともかく、他のふたりを追わないとまずいことになる」
「戦えそうか?」
「勿論。そのために夜回りしてたわけだし」
「あの物の怪は剥がして戦う必要があるが、もうひとりはどういう状態なんだろうな」
ずっとぶつぶつ何かを話すばかりで動く気配がない生徒に声をかけようとすると、いきなり突進されてその場に倒れこむ。
「大丈夫か?」
「うん。けど、あっちも時間がなさそうだな」
「…さて、どうしたもんか」
ふたりで頭を抱えていても仕方ない。
そこで、まずは今出ていったものの痕跡を辿ることにした。
心優しい者以外には見えない、知識と美貌を兼ね備えた妖精です。
心奪われた少年は、自分のものにしようと妖精を檻の中に閉じ込めてしまいました。
それからというもの、少年には災難が降りかかります。
最期は大切な親友によって殺されてしまいました。
「だから妖精には、決して心を奪われないように…」
「え、怖!今の1本な」
「けど、学園に妖精なんて流石にいないだろ」
男子生徒たちから視線を外すと、先生が複雑そうな表情で窓ガラスを見つめていた。
「…なあ、先生。妖精かどうかは知らないけど、学園の中庭に誰かいるよな?」
「昔から住んでる奴だ。詳しいことは分からないが、大切にしているものがあるっていうのは聞いたことがある」
以前から何度か視線を感じたことはあったものの、その正体を掴めずにいた。
そうしている間にも怪談は続いていく。
異世界へ行く方法、幽婚…私が視えないただの人間なら怖い程度の認識だっただろう。
「じゃあ、最後の1本の話はじめるぞ」
「おう!」
──なあ、入道様って知ってるか?
入道雲を操る、なんていうまんますぎる話なんだけど…心を読んだり乱したり、好き勝手できるらしい。
好きな男の心を自分に傾けようと試みた女性がいたらしいんだけど、その子は願いが叶ったら自分の足をあげるって約束したんだと。
けど、当然それは守られなかった。
その女、どうなったと思う?…全身切り刻まれた状態で発見されたけど、足だけ綺麗になくなってたって。
「本格的…ぞくっとしたわ」
「怖い話、探してきたかいあったわ」
「んじゃ、消すか」
本人たちは軽い気持ちで話しているのだろうが、私も先生も焦りを感じていた。
近寄ってくる複数の気配…その中のひとつがとりわけ強い。
「…大丈夫だ。俺がなんとかする」
「先生」
「本調子じゃないだろ?」
たしかに怪我は治りきっていない。
それでも、この場から逃げるつもりなんて毛頭なかった。
最後の1本が消され、完全に暗転する。
「何も起こらないな…」
「なんだ、やっぱり噂、」
何かが割れる音が聞こえた直後、男子生徒の悲鳴がこだまする。
「大丈夫か?」
一応声をかけてみるが反応がない。
できれば避けたかったが、見られたくないと言っていられる状況じゃないのは分かっている。
「──燃えろ」
手に構えていた札が轟々と炎を帯び、ゆっくり辺りを照らしてみる。
男子生徒のうち、ひとりは私の足元に倒れている。
ひとりはぶつぶつ何か話していて、もうひとりは明らかに人間のものではない笑みを浮かべていた。
《モッと、強イ体、欲しイ…おまエ!》
きょろきょろしていた猫目が私を捉え、こちらに向かって突進してくる。
生きている人間に矢を放つわけにはいかないため、取り敢えず後ろに3歩引いた。
《ぎゃはははハハ!》
悍しい笑い声をあげる相手になす術なく立ち尽くしていると、突然体が軽くなった。
…いや、宙を舞ったというのが正確らしい。
「少し静かにしてろ」
先生が糸で私を吊るしてくれていたらしかったけど、相手にはそれが視えていないらしい。
《美味シい、食ベル、どコ行ッタ…》
相手はぶつぶつ言いながら出ていってしまった。
呆然とする私をそっと下ろして先生は息を吐く。
「あの物の怪は地獄耳なんだ。ただし、目が絶望的に悪い。特に上の方はよく見えないらしい」
「ありがとう先生。助かったよ」
知識がない私では今の物の怪に勝てなかった。
どう誘導するべきかばかり考えていたが、相手を識ることから戦いははじまる。
「それで、どうする?気絶してる奴はともかく、他のふたりを追わないとまずいことになる」
「戦えそうか?」
「勿論。そのために夜回りしてたわけだし」
「あの物の怪は剥がして戦う必要があるが、もうひとりはどういう状態なんだろうな」
ずっとぶつぶつ何かを話すばかりで動く気配がない生徒に声をかけようとすると、いきなり突進されてその場に倒れこむ。
「大丈夫か?」
「うん。けど、あっちも時間がなさそうだな」
「…さて、どうしたもんか」
ふたりで頭を抱えていても仕方ない。
そこで、まずは今出ていったものの痕跡を辿ることにした。
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