夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第13章『まどろみさんと具現化ノートの噂』

第91話

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「お姉ちゃん、おかえりなさい」
「ただいま」
陽向の家で暇していたのか、穂乃は分厚い本と共に私を迎えてくれた。
「遠くへ行く用事、もう終わったの?」
「うん。しばらくは行かなくても大丈夫そうだ」
『急用で遠くへ行った』という陽向が吐いてくれた優しい嘘に合わせて話すと、穂乃はただ嬉しそうに微笑んだ。
「…怪我したの?」
「少し転んだんだ。そんなに心配しなくてもすぐ良くなる」
「そっか…」
「今夜は泊まっていっても、」
「私は平気だよ。練習したいし、穂乃の話を聞きたいから。ありがとう陽向。気持ちだけもらっておく」
「お礼を言われるようなことは何もしてないですよ」
陽向と別れた後、穂乃にもう1度怪我のことを訊かれた。
流石にあの男の槍が掠ったとは言えないので、やはり転んだことにして穂乃とふたり夜のバスに乗る。
無理をして歩かない方がいいだろうと、スフストランドクラッチと呼ばれる片手杖を先生に貸してもらった。
左手に若干痺れた感触があるものの、3日ほどでおさまるだろう。…全部みんなのおかげだ。
「学校、楽しかったか?」
「うん。今日はまたコンクールに出す絵を描いてね…」
ふたりだけ…正確にいうなら、乗っている人間はふたりだけのバスで話しているうちに穂乃は眠ってしまった。
痺れる手で支えながら、なんとか玄関まで辿り着く。
「…おやすみ」
穂乃の幸せそうな顔を見ていると、私まで幸せになれる。
明日からどう過ごそうかなんて考えながら、提出期限が近い課題をすませた。
──そうして迎えた翌朝、いつも歩いていた道の殆どをバスで通過する。
銀杏が舞い散る道をぼんやり眺めていると、頭の片隅においてあったことを思い出した。
学校について1番に監査室へ向かう。
「…先生、あのわら半紙のノートってどうしたっけ」
「あのノートならこの引き出しに…」
きっと本当にその場所にあったはずなのだろう。
ただ、私の目にはそこが空っぽに見える。
「いつまで存在を確認してた?」
「解析が終わった後ここに仕舞ったから、丁度合同ハロウィンイベント前後だな」
「解析?」
「こっちで預かるって言ったのは、どんな噂が組み込まれてるのか調べる為だった。
ただ、噂というより人間の負の感情を集めるように誰かが仕組んだようだったから、木嶋が本調子になるのを待って仕組みを壊すのを手伝ってもらうつもりだったんだ」
「それがなくなってるってことは、誰かが意図的に持ち出したってことか?」
あのときたまたま融合されかけていた盗賊団たちは、そんなものは知らないと話していた。
つまり、今はノートだけが独り歩きしている状態になっている可能性が高い。
「おはようございます。…って、なんでふたりとも深刻そうな顔してるんですか?」
「ちょっとまずい状況かもしれない」
いつもにこにこしている陽向の表情が、一瞬で真剣なものに変わる。
「…それは、まどろみさんの噂と関係してますか?」
まどろみさんの噂…ここにきて学園祭あたりで片づいてなかったことが一気にくるとは思わなかった。
いつの間にか消滅したものだとばかり思っていたのに、そういうわけではなかったらしい。
もう少ししっかり調べておけばよかったと反省しつつ、まずは私たちが追おうとしているわら半紙ノートについて話した。
「あのやばいノートが盗まれたんですか?」
「ごたごたの間に持っていかれたみたいだけど、あの男は自分の毒で自滅して取りに来る時間なんてなかったはず」
「つまり、別の犯人がいるってことか」
まだ万全とはいえない私と桜良、恐らく強化されているであろうノート…よりによって1番厄介なときに夜仕事案件がきてしまった。
「俺、いつもの500倍頑張ります」
「うん。頼りにしてる」
みんなが連絡を入れてくれたおかげでバイトが休みになっているのが幸いだ。
なんとかしなければと心に決め、いつものように教室へ向かう。
こそこそと話している生徒たちなんて気にならない。
ただ、ここで噂について分かることがいいと思っていた。
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