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第13章『まどろみさんと具現化ノートの噂』
第97話
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「焦るなって言っただろ」
「…ごめん」
監査室に戻ると腕組みをした先生が立っていて、悲しそうな顔をした瞬が先生の手を握っていた。
何故ばれたのか分からないが、桜良の声がした時点である程度は分かっていたつもりだ。
「…ノートは回収できたのか?」
「それが、全然どこにあるか分からないんだ」
まどろみさんの問題は解決した。
ただ、ノートが現れることはなかったし、今でも切れ端は持ったままなのに何の変化もおこっていない。
「誰かが持ってる可能性ってあるか?」
「ないとは言い切れないな」
「俺たちの周りって、やばそうな奴いっぱいいますもんね」
扉を開けて早々陽向がかなり物騒な発言をする。
カッターシャツの左袖が真っ赤に染まり、右袖にいたっては袖がなくなっていた。
「どんな奴の相手をしたらそうなったんだ…」
「いやあ、生きてる人間って怖いですね。もしかすると生きてるだけに見えたのかもしれませんけど、滅茶苦茶力が強かったです。
もうちょっとで腕がおちるかもってところで死ねたんで助かりましたけど」
へらっと笑う陽向の言葉に、瞬がふらついてすぐに先生が支える。
思わず想像してしまいそうになったが、なんとか頭の片隅に留めておくことに成功した。
「死なない程度にしてくれ。それから、表現には気をつけろ」
「すみません!いつもの癖で、つい…」
「その癖はなんとかしてくれ。…グロテスクなものは苦手なんだ」
顔が真っ青になっている瞬の頭を撫でながら、先生は苦い顔をしてはっきり言った。
「ごめんな、ちび」
「ううん。…だけど、ひな君はすごいね」
「慣れちゃったからな…。そうだ先輩、まどろみさんの件は解決しちゃいました?」
「うん。一応な」
けど、私にはまだ仕事がある。
みんなにお礼を伝えて向かったのは、美術専攻が使っている別棟だ。
「伴田」
「折原さん…」
あの場所での記憶は朧気になっているはずだ。
だからこそ、きちんと話をしておく必要がある。
「何かあったのか?」
「どうしてそう思うの?」
「勘。あと、なんだか顔色が悪いように見えたから話を聞きたいなって思ったんだ」
誰もいない時間を見計らって訪ねてよかった。
…でないと、伴田はきっと今みたいに泣き出しそうな顔はしなかっただろうから。
「…最近、全然思ったように描けなくて、迷ってるんだ。私は私の世界が描きたくて美術専攻に入ったけど、これじゃ駄目だったのかなって…。
他の子たちみたいに何色も使った絵が上手く描けるわけじゃない。だけど、光を浴びるのはそういう絵なんだって…そう思ったら怖くなっちゃった」
明るい未来が想像できない。もがく限り、その苦しみは果てしなく続いていく。
それでも、私は。
「伴田の絵、私は好きだよ。特にこの前のふたりに光が降り注ぐ絵…闇が晴れそうだ」
「本当?」
「私、お世辞とか苦手なんだ。嘘なんて吐かないよ。描くことを強要する権利なんて誰にもないけど…伴田の絵を待ってる人、他にもいるんじゃないか?」
持っていた鞄と学園に届いていた封筒を渡すと、伴田は驚いた表情を私に向ける。
5人いる審査員のうち、2人が伴田の絵に最高評価を出していたのを先生が確認してくれた。
封筒の中身も同じだろう。
「折原さん」
「どうした?」
「…私の絵、また見てくれる?」
「うん。詳しいことが分かるわけじゃないけど楽しみにしてる」
伴田は涙を流していたものの、絶望したものとは違うそれに安堵した。
あと私にできるのは伴田の絵を楽しみに待つことだけだ。
「先輩、なんでそんなにいつもいいことがぽんぽん出てくるんですか?」
「そんなつもりはないけどな…。どちらかといえば陽向や先生の方が名言連発してないか?」
「先生は名言メーカーですよね」
近くで待っていてくれた陽向とただ廊下を歩く。
まどろみさんの過去やわら半紙ノートについて謎が残ったものの、今はこの穏やかな時間を大切にしたい。
「…もうすぐテストだな」
「ですね。赤点だけは取らないように頑張ります!」
「いつも取ってないだろ…」
お菓子の用意をしようと考えつつ、他にも用意するべきものがあることを忘れていた。
「今日はバイト先に顔を出してくるから、もし誰か来たら応対頼む」
「了解です!」
教科書をめくりながら、ポケットに忍ばせていた薄荷飴を口に入れる。
空から差し込む光は希望だった。
「…ごめん」
監査室に戻ると腕組みをした先生が立っていて、悲しそうな顔をした瞬が先生の手を握っていた。
何故ばれたのか分からないが、桜良の声がした時点である程度は分かっていたつもりだ。
「…ノートは回収できたのか?」
「それが、全然どこにあるか分からないんだ」
まどろみさんの問題は解決した。
ただ、ノートが現れることはなかったし、今でも切れ端は持ったままなのに何の変化もおこっていない。
「誰かが持ってる可能性ってあるか?」
「ないとは言い切れないな」
「俺たちの周りって、やばそうな奴いっぱいいますもんね」
扉を開けて早々陽向がかなり物騒な発言をする。
カッターシャツの左袖が真っ赤に染まり、右袖にいたっては袖がなくなっていた。
「どんな奴の相手をしたらそうなったんだ…」
「いやあ、生きてる人間って怖いですね。もしかすると生きてるだけに見えたのかもしれませんけど、滅茶苦茶力が強かったです。
もうちょっとで腕がおちるかもってところで死ねたんで助かりましたけど」
へらっと笑う陽向の言葉に、瞬がふらついてすぐに先生が支える。
思わず想像してしまいそうになったが、なんとか頭の片隅に留めておくことに成功した。
「死なない程度にしてくれ。それから、表現には気をつけろ」
「すみません!いつもの癖で、つい…」
「その癖はなんとかしてくれ。…グロテスクなものは苦手なんだ」
顔が真っ青になっている瞬の頭を撫でながら、先生は苦い顔をしてはっきり言った。
「ごめんな、ちび」
「ううん。…だけど、ひな君はすごいね」
「慣れちゃったからな…。そうだ先輩、まどろみさんの件は解決しちゃいました?」
「うん。一応な」
けど、私にはまだ仕事がある。
みんなにお礼を伝えて向かったのは、美術専攻が使っている別棟だ。
「伴田」
「折原さん…」
あの場所での記憶は朧気になっているはずだ。
だからこそ、きちんと話をしておく必要がある。
「何かあったのか?」
「どうしてそう思うの?」
「勘。あと、なんだか顔色が悪いように見えたから話を聞きたいなって思ったんだ」
誰もいない時間を見計らって訪ねてよかった。
…でないと、伴田はきっと今みたいに泣き出しそうな顔はしなかっただろうから。
「…最近、全然思ったように描けなくて、迷ってるんだ。私は私の世界が描きたくて美術専攻に入ったけど、これじゃ駄目だったのかなって…。
他の子たちみたいに何色も使った絵が上手く描けるわけじゃない。だけど、光を浴びるのはそういう絵なんだって…そう思ったら怖くなっちゃった」
明るい未来が想像できない。もがく限り、その苦しみは果てしなく続いていく。
それでも、私は。
「伴田の絵、私は好きだよ。特にこの前のふたりに光が降り注ぐ絵…闇が晴れそうだ」
「本当?」
「私、お世辞とか苦手なんだ。嘘なんて吐かないよ。描くことを強要する権利なんて誰にもないけど…伴田の絵を待ってる人、他にもいるんじゃないか?」
持っていた鞄と学園に届いていた封筒を渡すと、伴田は驚いた表情を私に向ける。
5人いる審査員のうち、2人が伴田の絵に最高評価を出していたのを先生が確認してくれた。
封筒の中身も同じだろう。
「折原さん」
「どうした?」
「…私の絵、また見てくれる?」
「うん。詳しいことが分かるわけじゃないけど楽しみにしてる」
伴田は涙を流していたものの、絶望したものとは違うそれに安堵した。
あと私にできるのは伴田の絵を楽しみに待つことだけだ。
「先輩、なんでそんなにいつもいいことがぽんぽん出てくるんですか?」
「そんなつもりはないけどな…。どちらかといえば陽向や先生の方が名言連発してないか?」
「先生は名言メーカーですよね」
近くで待っていてくれた陽向とただ廊下を歩く。
まどろみさんの過去やわら半紙ノートについて謎が残ったものの、今はこの穏やかな時間を大切にしたい。
「…もうすぐテストだな」
「ですね。赤点だけは取らないように頑張ります!」
「いつも取ってないだろ…」
お菓子の用意をしようと考えつつ、他にも用意するべきものがあることを忘れていた。
「今日はバイト先に顔を出してくるから、もし誰か来たら応対頼む」
「了解です!」
教科書をめくりながら、ポケットに忍ばせていた薄荷飴を口に入れる。
空から差し込む光は希望だった。
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