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第16章『幽冥への案内人』
第118話
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《おまえ、誰ニ向かッテ言ってル?》
《あなた様に向かって、です》
車掌は怖い顔で相手を見つめているが、それに負けじと穢を放ちながら見つめ返している。
矢を放とうとすると先生に止められた。
「もう少しだけ待ってくれ。考えなしに動く奴じゃないんだ」
「分かった。けど、いつでも打てるように用意はしておく」
「ああ。頼む」
先生は相手に悟られないよう糸を張り巡らせているようだった。
今の私にできるのは、見守りながら少女に指示を出すことだけだ。
『詩乃先輩、聞こえますか?』
「桜良か?協力してほしいことがある」
『分かりました』
「…先生、少しだけ糸を借りてもいいか?」
「気をつけろ」
「うん。ありがとう」
糸の先にインカムをくくりつけ、相手に見つからないよう気をつけながら慎重に投げ入れる。
少女は怯えた様子でこちらを見つめていて、インカムを耳につけるようジェスチャーで伝えた。
「こんばんは。名前を聞いてもいいかな?」
『か、かな…』
「かなちゃんか。できるだけ音をたてないように、私の話を聞いてくれるかな?」
『うん…』
まずは初歩的な会話からはじめた方がいいだろう。
「かなは何歳なのかな?」
『7歳』
「そうか。私は17なんだ」
背が高い少女だと思っていたら、かなは少し高くなっている場所からゆっくり降りている。
『お姉さんのところに、行ってもいい?』
その声は震えていて、相当怖い思いをしたことは容易に想像できる。
ただ、こちらに真っ直ぐ向かってくれば見つかってしまいそうだ。
「ゆっくり、私が言ったとおりに動いてほしい。できそうかな?」
『が、頑張る…。お母さんに会いたいから』
この子が列車に乗ったのは死者だからではない。
恐らくだが、本気で亡くなった母親に会いに行こうとしているのだろう。
《切符なンテ後でモ、》
《よくありません。拝見させていただけないのであれば、強制退去していただくしかありません》
なんとか時間を引き伸ばしてくれているようだが、恐らくもうそんなに持たないだろう。
「かな、糸のはしっこを持って、ゆっくり歩けるか?」
『こ、怖い…』
小さな女の子に無茶なことを言っている自覚はある。
だが、死角が少ないこの場所で私が不用意に近づけばかなをより危険に晒すことは明確だ。
「そうだよな。怖いよな。それなら、私がおはなしをするから聞きながら歩いてくれるか?」
『どんなおはなし?』
「幸せになれる飴の話だよ」
ハッピーキャンディの噂なら広まっても害を及ぼすことはないだろう。
「あるところに、ひとりで寂しい思いをしてた女の子がいました。その子はずっと独りぼっちで、いつも持っているぬいぐるみだけが友だちでした。
ある日、学校からの帰り道で具合が悪そうなおじいさんを見つけました。女の子は、『おじいさん、具合が悪いの?』と声をかけます」
《この俺ヲ的ニマワすのカ?》
《生憎、お客様の身分など関係ありませんので。そもそも何者かも存じ上げておりませんから》
物騒な会話をする大人たちの声が聞こえないように、インカムに向かって話を続ける。
かなはこちらに向かってゆっくり歩いているが、幸いにも相手に気づかれていない。
「おじいさんはお礼にと、飴玉をひとつくれました。『誰にも見られないように気をつけて飴を食べるんだよ』、と言われたので、女の子はおじいさんとの約束を守って飴を食べました」
『何味だったのかな?』
「美味しい飴だってことしか知らないな…。実際に食べた人がいたら教えてくれるかもしれない」
かなは話にすっかり夢中になってくれたようで、わくわくしている小さな手で握られた糸をゆっくり手繰り寄せる。
「…まずい、できるだけ糸を引け」
「どうして──」
私の声はそこで途切れ、先生の言葉の意味をすぐ理解することになる。
『わっ…』
車両が傾き、投げ出されそうになったかなの体を宙で掴む。
転んだままの体勢で、先生に向かってかなを糸ごと投げた。
《見イツケタ…》
「や、やだ!怖い!お母さん…」
先生の腕の中で泣いているかなの姿は昔の自分を見ているようだった。
「ごめん。かなを頼む」
「おりは──」
体を起こしドアの開閉ボタンをロックする。
「車掌さん、ちょっとつきあってくれ。先生から借りてるものを渡すから」
《乱暴なお客様の相手も私の仕事ですので…仕方ないな》
弓は先生のところに置きっぱなし、杖は先端が変形してしまっているし足の傷が痛い。
それでも、今やれる最善を尽くそう。
「どこのどいつか知らないけど、私が相手してやるよ」
《あなた様に向かって、です》
車掌は怖い顔で相手を見つめているが、それに負けじと穢を放ちながら見つめ返している。
矢を放とうとすると先生に止められた。
「もう少しだけ待ってくれ。考えなしに動く奴じゃないんだ」
「分かった。けど、いつでも打てるように用意はしておく」
「ああ。頼む」
先生は相手に悟られないよう糸を張り巡らせているようだった。
今の私にできるのは、見守りながら少女に指示を出すことだけだ。
『詩乃先輩、聞こえますか?』
「桜良か?協力してほしいことがある」
『分かりました』
「…先生、少しだけ糸を借りてもいいか?」
「気をつけろ」
「うん。ありがとう」
糸の先にインカムをくくりつけ、相手に見つからないよう気をつけながら慎重に投げ入れる。
少女は怯えた様子でこちらを見つめていて、インカムを耳につけるようジェスチャーで伝えた。
「こんばんは。名前を聞いてもいいかな?」
『か、かな…』
「かなちゃんか。できるだけ音をたてないように、私の話を聞いてくれるかな?」
『うん…』
まずは初歩的な会話からはじめた方がいいだろう。
「かなは何歳なのかな?」
『7歳』
「そうか。私は17なんだ」
背が高い少女だと思っていたら、かなは少し高くなっている場所からゆっくり降りている。
『お姉さんのところに、行ってもいい?』
その声は震えていて、相当怖い思いをしたことは容易に想像できる。
ただ、こちらに真っ直ぐ向かってくれば見つかってしまいそうだ。
「ゆっくり、私が言ったとおりに動いてほしい。できそうかな?」
『が、頑張る…。お母さんに会いたいから』
この子が列車に乗ったのは死者だからではない。
恐らくだが、本気で亡くなった母親に会いに行こうとしているのだろう。
《切符なンテ後でモ、》
《よくありません。拝見させていただけないのであれば、強制退去していただくしかありません》
なんとか時間を引き伸ばしてくれているようだが、恐らくもうそんなに持たないだろう。
「かな、糸のはしっこを持って、ゆっくり歩けるか?」
『こ、怖い…』
小さな女の子に無茶なことを言っている自覚はある。
だが、死角が少ないこの場所で私が不用意に近づけばかなをより危険に晒すことは明確だ。
「そうだよな。怖いよな。それなら、私がおはなしをするから聞きながら歩いてくれるか?」
『どんなおはなし?』
「幸せになれる飴の話だよ」
ハッピーキャンディの噂なら広まっても害を及ぼすことはないだろう。
「あるところに、ひとりで寂しい思いをしてた女の子がいました。その子はずっと独りぼっちで、いつも持っているぬいぐるみだけが友だちでした。
ある日、学校からの帰り道で具合が悪そうなおじいさんを見つけました。女の子は、『おじいさん、具合が悪いの?』と声をかけます」
《この俺ヲ的ニマワすのカ?》
《生憎、お客様の身分など関係ありませんので。そもそも何者かも存じ上げておりませんから》
物騒な会話をする大人たちの声が聞こえないように、インカムに向かって話を続ける。
かなはこちらに向かってゆっくり歩いているが、幸いにも相手に気づかれていない。
「おじいさんはお礼にと、飴玉をひとつくれました。『誰にも見られないように気をつけて飴を食べるんだよ』、と言われたので、女の子はおじいさんとの約束を守って飴を食べました」
『何味だったのかな?』
「美味しい飴だってことしか知らないな…。実際に食べた人がいたら教えてくれるかもしれない」
かなは話にすっかり夢中になってくれたようで、わくわくしている小さな手で握られた糸をゆっくり手繰り寄せる。
「…まずい、できるだけ糸を引け」
「どうして──」
私の声はそこで途切れ、先生の言葉の意味をすぐ理解することになる。
『わっ…』
車両が傾き、投げ出されそうになったかなの体を宙で掴む。
転んだままの体勢で、先生に向かってかなを糸ごと投げた。
《見イツケタ…》
「や、やだ!怖い!お母さん…」
先生の腕の中で泣いているかなの姿は昔の自分を見ているようだった。
「ごめん。かなを頼む」
「おりは──」
体を起こしドアの開閉ボタンをロックする。
「車掌さん、ちょっとつきあってくれ。先生から借りてるものを渡すから」
《乱暴なお客様の相手も私の仕事ですので…仕方ないな》
弓は先生のところに置きっぱなし、杖は先端が変形してしまっているし足の傷が痛い。
それでも、今やれる最善を尽くそう。
「どこのどいつか知らないけど、私が相手してやるよ」
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