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第25章『迷える夜』
第183話
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「…先生、聞こえるか?」
『先生は今ちょっと手が離せないから、僕でよければ話聞いてもいい?』
「勿論。今、恐らく噂になっているであろう教会に入った。そっちはどうだ?」
『僕たちの目の前にも教会があるんだけど、結界みたいなものが邪魔で入れないんだ。
先生が解いてくれてるけど、詩乃ちゃんたちと合流するには時間がかかるかもしれない』
通信機が繋がらなくなる可能性も考えていたが、先生たちも教会の近くにいるからかろうじで回線が切れないようだ。
「そっちにも教会があるってことは、ここってかなり広いのかもな」
『ひな君たちにはどんなふうに見えてる?』
「まず、大きな十字架がかけられた部屋がある。近くにある小部屋は告解の部屋かな…。
他にあるのは、よく分からないトロフィーみたいなやつ」
『いいなあ…。僕たちが見てるのは入り口だけで、他は何も…あ、だけど中庭みたいなのがある。
綺麗な薔薇が咲いてるんだけど、だんだん変色してるみたい』
おかしい。ここまで奥に進んだら誰かしら出てくるはずだ。
様子をうかがっているのか、別の人間が入りこんでいるのか。
祭壇のようなものの近くに寄ると、背後から殺気を感じた。
「伏せろ」
「え、こうですか?」
すかさず陽向の頭を押さえながら近くのベンチの下に潜る。
ごろりと足元に転がったのは、生気を抜き取られた人間だった。
「え…」
『ひな君?どうしたの?』
できるだけ声をあげないように気をつけながら、ふたりで恐る恐る目の前の人間に触っている。
弱いが脈はあるので死んでいるわけではなさそうだ。
『あ、薔薇が赤くなった』
「まじか…」
まだ仮説段階なので言うか迷ったが、念のため話しておこう。
「…恐らく、瞬たちが見ている中庭の薔薇が赤くなるのは人間の生気だ」
『どういうこと?』
「さっき、足元に真っ青な顔をした人間が転がってきた。脈はあるから生気を抜かれたのが原因だ。
薔薇を斬るか噂を変えて生気を取り戻せればどうにかなる。ただ、教会なのに神父がいないなんておかしい」
迷える子羊たちの悩みを聞くなら、どうしても人間の姿が必要なはずだ。
青い顔をした人間に持っていたブランケットをかけ、慎重に前へ進む。
『こっちにも誰もいないみたいだよ』
「変だな。まるで誘いこまれているような……」
自分で言って気づいた。あの男なら、私を殺すために罠として怪異を利用していてもおかしくない。
取り敢えず陽向にはその場から動かないよう合図をして、遠く離れたベンチに腰掛ける。
「この時間なら悩みを聞いてもらえると思ったのに…誰もいないなんて、本当にツイてないな」
《何かご用ですか?》
「あ、神父様…こんばんは。勝手に入ってすみません。
少し、ここで悩みを吐き出しても構いませんか?」
《ええ、勿論です》
「ありがとうございます」
自分で自分に吐き気を覚えながら話し、小声でインカムに呼びかけた。
「神父は私が引きつけておくから、その間にいなくなった人が倒れていないか探してくれ」
『了解です』
『僕たちも入れ次第探してみるね』
陽向の足音が聞こえないように、足をかつかつ鳴らしてみる。
叱られるかと思ったが、話を聞くまでは手を出さないつもりのようだ。根はいい人なのかもしれない。
「実は今、悩みがありまして…」
《悩み、ですか?》
「はい。ずっと心に残った過去の傷が癒えなくて、悪夢を見ることも多いんです」
嘘は言っていない。
神宮寺の家であったことを忘れられるはずがなく、呪いのように苦しくなる。
「この思いを抱えてずっと生きていくなんて苦しくて…自分でも、どうすればいいのか分からないんです」
《それは辛かったですね。さぞ苦しい思いをされてきたのでしょう》
やはりこの神父からは悪意を感じない。
…ただし、それは神父の背後から見え隠れしているものがなければの話だ。
《そんなに苦しいのなら、一生痛みヲ感じズニいラレルようニしてサシあげマショウ》
「苦しみから、解放される…?」
《モウ少シ、コチラニイラシテクダサイ》
神父に1歩、また1歩と近づく。
蔦が伸びてくるのとほぼ同時に札を投げつけた。
「──燃えろ」
上手く蔦だけを燃やしたが、穏やかだった神父の顔が歪んだ。
《何故デス?何故受ケ入レナイノデスカ?》
「今のおまえは狂ってる。だから、少し私の相手をしてくれないか?」
『先生は今ちょっと手が離せないから、僕でよければ話聞いてもいい?』
「勿論。今、恐らく噂になっているであろう教会に入った。そっちはどうだ?」
『僕たちの目の前にも教会があるんだけど、結界みたいなものが邪魔で入れないんだ。
先生が解いてくれてるけど、詩乃ちゃんたちと合流するには時間がかかるかもしれない』
通信機が繋がらなくなる可能性も考えていたが、先生たちも教会の近くにいるからかろうじで回線が切れないようだ。
「そっちにも教会があるってことは、ここってかなり広いのかもな」
『ひな君たちにはどんなふうに見えてる?』
「まず、大きな十字架がかけられた部屋がある。近くにある小部屋は告解の部屋かな…。
他にあるのは、よく分からないトロフィーみたいなやつ」
『いいなあ…。僕たちが見てるのは入り口だけで、他は何も…あ、だけど中庭みたいなのがある。
綺麗な薔薇が咲いてるんだけど、だんだん変色してるみたい』
おかしい。ここまで奥に進んだら誰かしら出てくるはずだ。
様子をうかがっているのか、別の人間が入りこんでいるのか。
祭壇のようなものの近くに寄ると、背後から殺気を感じた。
「伏せろ」
「え、こうですか?」
すかさず陽向の頭を押さえながら近くのベンチの下に潜る。
ごろりと足元に転がったのは、生気を抜き取られた人間だった。
「え…」
『ひな君?どうしたの?』
できるだけ声をあげないように気をつけながら、ふたりで恐る恐る目の前の人間に触っている。
弱いが脈はあるので死んでいるわけではなさそうだ。
『あ、薔薇が赤くなった』
「まじか…」
まだ仮説段階なので言うか迷ったが、念のため話しておこう。
「…恐らく、瞬たちが見ている中庭の薔薇が赤くなるのは人間の生気だ」
『どういうこと?』
「さっき、足元に真っ青な顔をした人間が転がってきた。脈はあるから生気を抜かれたのが原因だ。
薔薇を斬るか噂を変えて生気を取り戻せればどうにかなる。ただ、教会なのに神父がいないなんておかしい」
迷える子羊たちの悩みを聞くなら、どうしても人間の姿が必要なはずだ。
青い顔をした人間に持っていたブランケットをかけ、慎重に前へ進む。
『こっちにも誰もいないみたいだよ』
「変だな。まるで誘いこまれているような……」
自分で言って気づいた。あの男なら、私を殺すために罠として怪異を利用していてもおかしくない。
取り敢えず陽向にはその場から動かないよう合図をして、遠く離れたベンチに腰掛ける。
「この時間なら悩みを聞いてもらえると思ったのに…誰もいないなんて、本当にツイてないな」
《何かご用ですか?》
「あ、神父様…こんばんは。勝手に入ってすみません。
少し、ここで悩みを吐き出しても構いませんか?」
《ええ、勿論です》
「ありがとうございます」
自分で自分に吐き気を覚えながら話し、小声でインカムに呼びかけた。
「神父は私が引きつけておくから、その間にいなくなった人が倒れていないか探してくれ」
『了解です』
『僕たちも入れ次第探してみるね』
陽向の足音が聞こえないように、足をかつかつ鳴らしてみる。
叱られるかと思ったが、話を聞くまでは手を出さないつもりのようだ。根はいい人なのかもしれない。
「実は今、悩みがありまして…」
《悩み、ですか?》
「はい。ずっと心に残った過去の傷が癒えなくて、悪夢を見ることも多いんです」
嘘は言っていない。
神宮寺の家であったことを忘れられるはずがなく、呪いのように苦しくなる。
「この思いを抱えてずっと生きていくなんて苦しくて…自分でも、どうすればいいのか分からないんです」
《それは辛かったですね。さぞ苦しい思いをされてきたのでしょう》
やはりこの神父からは悪意を感じない。
…ただし、それは神父の背後から見え隠れしているものがなければの話だ。
《そんなに苦しいのなら、一生痛みヲ感じズニいラレルようニしてサシあげマショウ》
「苦しみから、解放される…?」
《モウ少シ、コチラニイラシテクダサイ》
神父に1歩、また1歩と近づく。
蔦が伸びてくるのとほぼ同時に札を投げつけた。
「──燃えろ」
上手く蔦だけを燃やしたが、穏やかだった神父の顔が歪んだ。
《何故デス?何故受ケ入レナイノデスカ?》
「今のおまえは狂ってる。だから、少し私の相手をしてくれないか?」
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