カルム

黒蝶

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ふたつの心

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瑠璃が飛んでいく姿を見送り、自分の心臓に手を当てながら目を閉じる。
「…なんで俺に憑いたんだ?」
重い足を動かし、なんとか帰り着いた部屋で自分の中にいる何かに向かって話しかけてみようと思った。
手を貸してほしいというのは一体何の話だろう。
『視えない人間ではあれを探せない』
「あれって何のことを言ってるんだ?」
『夕、という女を止めたい』
「その人ってどんな人?できれば漢字が分かるとありがたいんだけど…」
『俺は人間の字が読めない。だが、あいつの名前はこれと同じ形をしていた』
取り寄せただけでまだ読んでいなかった夕刊の方に視線が向く。
「ああ、夕方の夕っていう字か」
自分の体なのに自分の意思とは関係なく首が勝手に動いてしまう。
「できれば俺の体を勝手に動かさないで欲しいんだけど…」
『おまえの体は動かしづらい』
「そんなこと言われても困る。それに、動かしづらいと言う割に硝子の森からおろしてくれただろ?」
『…それもそうか』
少し抜けているのか、或いはあまり人と話したことがなかったのか。
何故か照れたように呟く声が脳内でこだました。
「それで、その人の手がかりになりそうなものは?」
『最近、人間たちの間で妙な噂が流れている。あの噂どおりなら、夕があの場所に現れるのは恐らく雨の日だ』
「…噂か」
ここにきてまた噂関連の事件となると、やはりあの男の関与が疑われる。
だんだん確信に変わっていく絶望を感じつつ、もう少し詳しい話を聞かせてもらうことにした。
「君が知ってるその人はどんな人だったの?」
『とにかく優しい、山に詳しい、硝子の森の奥の一軒家でよく遊んでいた。
いつも視えるわけではなかったが、俺が視えたときはよく話をしていた。星を見ながら食べるおにぎりは美味かった』
「そうか…。ありがとう、とにかくいい人だったことは分かったよ」
スクラップ帳を捲っていると、ようやくそれらしき頁に辿り着く。
【土砂降りの雨のなか、森の奥で遺体見つかる】
『なんなんだ、これは』
「ここに集めている記事には、不可解な死に方をした人たちのことが書かれているんだ。
たまたま俺が集めていた記事に、夕さんについて書かれているものがあっただけ。結構前の話みたいだけど間違いなさそうだよ」
『そんなに時間が経ったのか…』
ずっと森にいては分からないことだらけだろう。
彼が落ちこんでいるのをなんとなく察知したが、どう声をかければいいのか分からなかった。
「…さて、これであとは噂についてもう少し情報を集める。だから俺から少し離れてくれないか?」
『…分かった。ただし、もし約束を反故にすれば…』
「しない。俺は約束は守る。最善を尽くす」
町中に広まったであろう噂を回収する必要があるが、すぐ見つかるだろうか。
そんなことを考えていると、慌てた様子で瑠璃が戻ってきた。
『八尋、町でひきこさんの噂が復活しています…』
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