カルム

黒蝶

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託す少女

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雨のなか、ぎりぎりの時間まで彼女に頼まれたとおり探してみることにした。
『そのままでは風邪を引きますよ』
「だけど、彼女が飛ぶ時間になるまでに見つけたいんだ。…君にはもう時間がないんだろう?」
『はい。誰かが見つけてくれるまで待ってほしいとはお願いしましたが、あまり長くは待てないと言われています」
どうやら死亡時刻より前に辿り着けば、多少は普通に会話できるらしい。
まさか不法侵入することになるとは思っていなかったが、そんなことより早く見つけたかった。
「封筒に『清香』って書いてあるけど、もしかしてこれ?」
『それです!それを、ポストに投函してほしいんです」
「…教えてくれ。どうして自分で出さなかったんだ?」
そう訊いてみると、彼女は何の躊躇いもなく答えてくれた。
『死にきれなかったとき、自分で世間に公表する為です。でも私、最期だけはちゃんと綺麗にできました。
今まで失敗続きだったけど、これでよかったのかもしれません」
相当な苦痛を味わったはずなのに、彼女はまた笑っている。
「…今日までお疲れ様」
『私、そんなことを言われたの初めてです。いつも結果が出なくて、毎日責められて、挙げ句にターゲットにされてしまって…。
今まで運がなかったのは、あなたにその言葉をかけてもらう為だったのかもしれません」
彼女はようやく少しだけ泣いてくれた。
こんな言い方はおかしいかもしれないが、本心を見ることができたような気がする。
『ありがとうございました。本当はちゃんと麻友に自力で届けたかったけど、もう時間みたいです」
「それってどういう、」
そこまで話した瞬間、何かが空から降ってきた。
いつもと雰囲気は違ったが、その人物には見覚えがある。
『私に時間をくれてありがとう、死神さん。これでもう充分です。
『怪異譚』も最後まで読めたし、未練はありません。…本当にありがとうございました」
あまりの眩しさに目を閉じた一瞬のうちに彼女の姿はもうなかった。
ただ封筒だけが残されていて、すぐポストに投函する。
『八尋、』
「…分かってる。さっきの人が死神だっていうなら、あの人は──」
雨に声がかき消されてしまったが、瑠璃は俺が何を言おうとしたのか分かっていたらしい。
どうか封が切られるように祈った後、その場をすぐ離れる。
ポストに投函して届かないということはまずない。
それならきっと大丈夫なはずだ。
やっぱり人間なんて信じられないが、彼女が信じた人間なら俺も信じてみたい。
『早く帰らないと、本当に風邪を引いてしまいますよ』
「…そうだな。行こう」
この後、きちんと届いたかどうかを調べることはできないだろう。
だが、彼女の祈りが届いてほしいとやはりどこかで願ってしまうのだ。
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