カルム

黒蝶

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進むとき

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それから数日、時計の館に辿り着けなくなってしまった。
「自分で広めた噂なのに、まさかこんなに上手くいくとは思ってなかった」
『なんとなく予想はしていました。…まさかもう移動してしまうとは思っていませんでしたが』
「たよりがないのは元気な証拠って思うのは、楽観的すぎるかな?」
『いいえ。今回の場合はまさしくそれなのではないでしょうか』
「そうか。そう言ってもらえて安心したよ」
向こうからの接触はなかったけど、館が動くということは体調が回復してきた証だ。
つまり、噂を思ったより順調に変えられたことになる。
『今回はこれで一件落着そうですね』
「ああ。ちょっと安心した」
もしかするとこのままどうにもならないんじゃないかと思っていたので、行方がつかめなくても安心できる。
『こっち』
「ん?」
『こっち』
「…なんだこれ」
小鞠に袖を引っ張られて立ちあがると、窓辺にぜんまいのようなものが置かれているのが見える。
それと一緒にあったのは、時計の針のようなものだった。
『今回も律儀な相手だったようですね』
「どうして俺の家が分かったんだ?」
『時を司る姫なら、あの場所から世界中の様子を見られるはずです。そうでなければ、進みに異常があるか確認できないでしょう?』
「たしかに…って、もしかして知り合いだったのか?」
『一応は。彼女はなかなか面白いですよ。館はだいぶ変わっていましたが、小人たちの為というのもあるのでしょう』
「話したこともあったのか…」
小鞠を抱きあげて頭を撫でながら、呆然と立っていることしかできない。
瑠璃は楽しそうに笑い、目を細めてこちらを見つめた。
『一応顔見知り程度の仲です。まさか噂に巻きこまれているとは思っていませんでしたが』
「またおかしな噂が流行りだしたのかと思うと、ちょっと心が重い」
今回も例のサイトから流されていて、その部分はすぐに修正した。
前回より手際よく変えられたものの、心に不安が残る。
『私たちならきっと大丈夫です』
「そうだな。そう信じよう」
『大丈夫…大丈夫』
「うん。大丈夫だよ」
もらった道具を仕舞い、心配そうに何度も大丈夫と口にする小鞠に話しかける。
ゆっくりたまごボーロを食べはじめた瑠璃を一瞬見て、ご飯を食べていなかったことに気づく。
「俺たちも何か食べようか」
『食べる』
最近は少しずつ食べ物にも興味が出てきたらしく、どんなものが苦手かなんとなく分かるようになってきた。
このまま解決しなかったらどうしようと考えこむことも多いが、ふとした瞬間にただ楽しくなる。
こんな時間は嫌いじゃないと感じながら、窓にうつった左眼を覆うように手を添えた。
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