夜紅譚

黒蝶

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第2章『変わりつつある体質』

番外篇『最低限できることを』

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校内で偶然穂乃たちと会った。
「あ、お姉ちゃん!」
「おはよう。今日は監査委員の仕事か?」
「うん。ちょっと早いけど来ちゃった」
私が土を埋めて十字架っぽい形にした木をたてているのを見て、白露が不思議そうに問いかけてきた。
《何をやっている?》
「…この前倒さざるを得なかった奴の墓をたててる」
《そんなことをして意味があるのか?》
「たしかに意味があるかと言われれば微妙だ。だが、生き物が土に還るなら意味があると信じたい」
自分がしたことを忘れないため、なんて穂乃がいる前では言えない。
下に埋めたのはあの場に落ちていたビー玉だ。
もしかすると、もっとラムネを飲みたいと思ったのかもしれない。
両手を合わせて目を閉じると、穂乃も隣で同じようにしてくれた。
「せめて、安らかに眠れるといいね」
「そうだな」
《…ここには、噂の犠牲者が多くいるのか?》
「まあ、普通の町はこれだけ沢山噂が蔓延らないだろうから…。被害者の数は最大かもしれないな」
救える場合だけではない。
だから怪異たちと向き合うのが苦しくなることもある。
それでも、正体が何であれあの人たちは被害者なのだ。
「ふたりはもう行かないといけないだろ?遅れないようにな」
「うん。いってきます。白露、行こう」
ふたりが監査室の方へ歩いていくのを確認して、旧校舎の保健室へ向かう。
そこにはもう先生が来ていて、待たせてしまっていたらしかった。
「ごめん、遅れた。…また血液検査するんだっけか」
「ああ。こいつもついでにな」
ふと椅子に視線をやると、瞬が怯えた顔で座っている。
「注射苦手なのか?」
「うん。生きている頃からどうしても駄目で…」
忘れてしまいがちだが、瞬は死霊だ。
満月の夜が近づくにつれ、姿が少しずつ死んだ瞬間に近づいていく。
「ほら、すぐ終わるから腕を出せ」
「うう……」
おそらく先生は、自分にできる最低限のことをしようと思っているのだろう。
血をとるのは一瞬だったが、終わった後も瞬は目を閉じている。
「もういいぞ」
「あれ、終わった…?」
「折原も終わった」
「ありがとう」
礼を言ってすぐ、昨日トンネルが出た場所を確認する。
ひとつ不可解な点が残ってしまったからだ。
「…なあ、あの人って誰なんだ?」
あの大釜にいた妖は、背後に誰かいるような口ぶりだった。
因縁深い男がひとりいるが、怪異嫌いのあの男が自分から近づくとは思えない。
それに、もう視えない体になったはずだ。
まだ謎が多い一件を考えながら、少し痛む腕を見る。
火炎刃の持ちすぎか腕の怪我のせいか、いまひとつ判断できなかった。
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