夜紅譚

黒蝶

文字の大きさ
上 下
58 / 309
閑話『それぞれの夏』

夏合宿

しおりを挟む
「し、しんど…」
「ひな君、まだまだだね」
「くそ…もう一本!」
瞬は岡副との勝負でだいぶ強くなっている。
「もう少しふんわり力をこめられるか?」
「…こう?」
「その調子だ」
折原姉妹は道具の使い方を教えているらしい。
《見ているだけで手出ししないのか?》
「俺が口を挟めることはそんなに多くないからな。おまえはいいのか?」
《ああ。俺はあの娘を護るために存在しているからな》
これだけ長い時間式神を顕現させても疲れないということは、やはり折原妹の霊力は最強だ。
「白露、だったか。おまえはどういう能力を持っているんだ?」
《人に誇れるようなものではない》
「やってみればいい。折原穂乃の負担にならない程度に」
それだけ話して、俺は糸を出す。
妖力がこもった禍々しいものだが、折原と瞬はこれを見て綺麗だと言った。
言葉というのは不思議なもので、それだけで心が安らいだ気がする。
《…ほう、妖力か》
白露は持っていた刀を取り出し、一刀両断しようとした。
だが、糸が硬すぎたのか斬りきれずに弾いてしまう。
《…成程、強いな》
「いや、初見でここまで斬りこまれたのは初めてだ」
嘘じゃない。俺の糸は手袋をつけておかないと自分自身も切ってしまうほど硬くできている。
それをここまで斬れるということは、相当の実力者だ。
「先生、何やってるの?式神さんと遊んでるの?」
「…まあ、そんなところだ」
「ねえ、またあやとりやってほしいな…」
「…少し待ってくれ」
張り巡らせた糸を仕舞った後、橋の形に再形成する。
瞬の目はきらきら輝いていた。
「やっぱりすごい…」
「これくらい普通だろ」
思わずぶっきらぼうに言い放ってしまったが、瞬が喜んでいるならそれでいい。
《仲がいいんだな》
「まあ、腐れ縁だからな。おまえはそういう相手はいなかったのか?」
《……さあな》
この感じ、おそらくいる。いた、ではなくいるのだ。
どんな事情が隠されているかは知らないが、今はこれ以上深堀りするべきではないだろう。
「なんだか楽しそうなことになってるな」
他のメンバーもぞろぞろと集まり、糸で作った橋を見ている。
「もうここまできたら芸術な気がします」
「先生、こんなかくし芸持ってたんですね」
あまり人前でやったことはなかったが、これだけ喜んでもらえるなら悪くない。
「そろそろ休憩にするか」
そう話していたところに、冷たい飲み物とお菓子を用意した木嶋が入ってきた。
「失礼します。丁度できあがったので、もしよければどうぞ」
「ありがとう、桜良」
糸を片づけている間も、楽しそうに話している。
こんな合宿なら悪くない…なんて言葉は胸に仕舞い、木嶋に差し出されたコップを受け取った。
しおりを挟む

処理中です...