夜紅譚

黒蝶

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第8章『サバト再び』

番外篇『見え隠れするかぼちゃ』

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「お疲れ様でした」
バイトをいつもより少し早めに切り上げ、真っ直ぐ家路を急ぐ。
扉を開けると、穂乃が小走りで出てきた。
「お姉ちゃん、おかえり!」
「ただいま」
なんだかいいにおいがする。
それに、穂乃の後ろからかぼちゃの切れ端が見えていた。
おそらくジャック・オ・ランタンでも作っていたんだろう。
「これから夕飯を作るから、」
「あのね、実はもう作っちゃったんだ」
「そうだったのか。ひとりで大変じゃなかったか?」
「白露が手伝ってくれたから楽しくできたよ」
「…そうか」
まさか白露が手伝っているとは思わなかった。
刀が使えるなら他の刃物もらくらく使いこなせるだろうが、理由を尋ねてもなんとなく手伝ったと言われてしまいそうだ。
「まだちょっと早いとは思ったけど、かぼちゃを使った料理を用意したんだ。グラタンとかスープとか…」
「最近冷えてきたから体が温まりそうだ。ありがとう」
穂乃はぱっと明るい表情を見せ、かぼちゃをくり抜いて作ったというランタンを渡してくれた。
「ちょっと早いけど…お姉ちゃん、研修で別の学校へ行っちゃうんでしょ?」
「なんで知ってるんだ?」
「室星先生が教えてくれた」
先生からある頼みごとをされ、単位を最低限しかとっていないことへの補填にもなるし一石二鳥だから受けることにした。
まだ誰にも言っていなかったが、穂乃にだけは直接言いたかった…なんて、後出しだろうか。
「早速食べようよ」
「そうだな」
ふと白露を見ると、まだ戸惑っている様子だった。
おかれていた環境が劣悪だったことは容易に想像がつくが、そんなに遠慮する必要はないのに…。
「白露も食べよう」
《…ああ》
見ていてなんとなく理解した。
「箸よりフォークを使った方が食べやすいんだ。こう持って、静かに突き刺す」
今まで箸でも食べられないことはない料理を作っていたが、今回は流石にフォークがないときつい。
《こ、こうか?》
「そうそう。細かいマナーはあるけど、家庭で食べるにはこれくらいが丁度いい」
《あ、ああ…》
白露はまだ知らない世界が多いのだろう。
いつかもっと沢山のことを知られたら、今より笑って過ごせる日がくるかもしれない。
「白露、おかわり食べる?」
《……いただこう》
楽しそうに食べている姿を見ていると、やっぱりほっこりする。
「実は私も、ふたりに用意しておいたものがあるんだ」
事前に焼いておいたかぼちゃクッキーを渡すと、穂乃は喜んでくれていた。
白露も首を傾げながらではあるものの受け取ってくれたし、これでいい。
「お姉ちゃん」
「どうした?」
「ありがとう」
「こちらこそ、いつもありがとう」
これからも楽しい日々を護っていこう。
…ささやかな幸せを忘れないように気をつけながら。
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