夜紅譚

黒蝶

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第9章『死者還り』

第69話

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「──以上になります。分からないところがあったら後で聞きに来るように」
先生の授業のメモをとりながら、ひとりで座っている氷空に声をかけた。
「霊力のこめ方、上手くイメージできそうか?」
「は、はい。昨日丁寧に教えてもらったおかげです。ありがとうございました」
とても丁寧な態度に少し苦笑してしまう。
何故彼女がそんな態度をとるのか分からないが、少し窮屈に感じる。
「何か分かったことがあれば教えてくれ」
「は、はい」
その夜、マント姿で現れた氷空は星を身に纏っているようだった。
「似合ってる」
「あ、えっと…ちょっと恥ずかしいです」
話していて悪い子じゃないことはもう分かっている。
まだ情報共有はしていないが、できれば巻きこみたくない。
「あ、あの…ちょっとだけ、教えてもらえませんか?」
「私はいいけど、具合が悪くなったりしないか?」
「大丈夫です。夜は慣れているので…」
「分かった。それなら少しやってみよう」
「は、はい」
氷空は霊力を持っている箒にこめると、氷を使えるようになるようだ。
何度か試してみたが、おそろしく冷たい。
加減するのが難しいようで、凍らせたり吹雪かせたりと色々発動させていた。
「だいぶ上手くなってる」
「ありがとうございます」
氷空は札が気になるのか、時折私の手をじっと見つめている。
「気になるか?」
「は、はい。少し…。すみません」
「別に謝らなくていい。これは自前なんだ。ある人に教えてもらったものもあるけど、あとは独学で使えるようになった」
「独学ですか?すごい…」
「私には、今努力している氷空の方が輝いて見えるよ」
氷空は強い自己否定感を持っている。
自信がないというより拒絶が強い気がするのだ。
それから、おそらく自分なんかどうなってもいいという自棄をはらんでいる。
すぐにどうこうできるものではないが、その檻を少しでも壊してやりたい。
それから少しして、氷空がどこかへ行ったと車掌から連絡がきた。
「…音楽室?」
いまひとつ校舎の造りを理解していないまま学園内を散策していると、ピアノの音やギターの音が聴こえてくる。
とても優しい音色で、全てを包みこんでくれそうなぬくもりがあった。
中に入ると、氷空が必死に弾いている。
「あ、あの、いかがでしょうか?」
《すごい!》
見知らぬ少年がいるが、おそらく死者だ。
ふたりに声をかけ、状況を整理する。
色々なことをして少年と別れた後、氷空は静かに告げた。
「あ、あの…私の仮説を、聞いてもらえませんか?」
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