夜紅譚

黒蝶

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第10章『かぼちゃの森』

番外篇『お見舞いにかぼちゃを添えて』

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「…できた」
「お、流石は桜良」
詩乃先輩のおかげですっかり止まったジャック・オ・ランタンの噂は、そのまま消えるように仕向けておいた。
ただ、自分の体調が悪くならない程度でやっておいたからきっと来年も似たような噂が現れるだろう。
「桜良?」
「…なんでもない。行くんでしょ?もう支度してるの?」
「してるしてる」
「…本当に調子いいんだから」
そんな話をしていると、放送室の扉が控えめに開かれる。
「入っても大丈夫。少し資料で散らかっているけど気にしないで」
「あ、はい!」
入部してからというもの、穂乃さんは必ず当番をこなしてくれている。
そういえば、このままでは来年から彼女ひとりにやってもらわないといけなくなるけどどうするんだろう。
背部の2文字が頭を浮かんだところで、静かに放送が流れはじめた。
『下校の時刻になりました。生徒の皆さんは速やかに教室を出て、おうちに帰りましょう。今日もお疲れ様でした』
私が無意識のうちに最後の一言を発して以降、素敵だからと彼女に真似されるようになった。
陽向たちに指摘されるまで全然気づいていなかったけれど、気に入ってもらえたならありがたい。
「お疲れ様。…陸上部の助っ人、応援してる」
「ありがとうございます。それじゃあ、いってきます」
後ろをついていく白露にも手をふっていたけれど、近くにあったお菓子の袋を急いで渡す。
「今日はハロウィンだから」
「ありがとうございます!大切に食べますね。私のも、よかったらもらってください」
「ありがとう。大切にいただくわね」
近くを通りかかった結月と瞬にも渡して、旧校舎の保健室へ辿り着いた。
「詩乃先輩」
「ああ、桜良と陽向か。どうした?」
思った以上に酷い怪我で、目を背けたくなる。
詩乃先輩は苦笑しながら布団をかぶった。
「ごめん。こういうの、見慣れないよな」
「いえ。あの、これ…」
かぼちゃのカップケーキと、黒猫の形に仕上げたチョコレート。
喜んでもらえるか分からないけれど、食べてもらえたらすごく嬉しい。
「ありがとう。大切に食べるよ」
「それから、これも作ったんです」
陽向がこそこそ何かしていたのは知っていたけれど、まさかかぼちゃをくり抜いて本格的なライトを作っているとは思っていなかった。
「すごいな。大作だ」
「ちびにも手伝ってもらったんです。配線とかよく分からなかったから、めちゃくちゃ丁寧に教えてもらっちゃいました」
「そうか。…ふたりとも、ありがとう」
飴やキャラメルがあったから、きっと私たちが来る前に先客がいたんだと思う。
「先輩、思ったより元気そうでよかった」
「そうだね」
「…で?俺たちはどうする?」
「少しだけ飾りつけをしておいた」
まさか今夜ふたりで過ごせると思っていなかったから、簡単な飾りつけしかしていない。
それでも、陽向は喜んでくれた。
「楽しみだな…」
恥ずかしくて言えなかったけど、沢山のオレンジに囲まれながら思っている。
「……私も、陽向と過ごせて楽しい」
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