夜紅譚

黒蝶

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第11章『そよ風の知らせ』

第81話

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今の現象が偶然とは思えない。
「…あの、すみません」
「誰かと思えば憲兵姫じゃん。どうしたの?」
ギャルっぽい見た目の同じ講義をとっている生徒に声をかけると、不思議そうに首を傾げている。
「これ、あなたのじゃないか?」
「ほんとだ、妹と弟との写真!ありがと、大事なお守りなんだ」
「そうか。須郷さんは面倒見がいいんだな。仲がよさそうだ」
「え、あたしの名前知ってるの!?やっぱ憲兵姫ってすごいんだね…」
勿論あのときの全校生徒の顔と名前は分かるが、須郷美穂の場合はそれだけではない。
同級生の中にいた、私を差別しない生徒のうちのひとりだ。
たしか、将来は保育士になりたいからと何度か監査部主催の勉強会に出席していた。
私に嫌がらせする奴等を見て、かなりどすの利いた声で怒ってくれたことがある。
【何ダサいことしてんだよ。勉強できても人として終わってるじゃん。ああ、そういうことすんのは嫉妬の塊だってことも知らないのか。
勉強だけできて、人として生きるために必要なことを捨ててるタイプ?ださいよそういうの】
「もう嫌なことされてない?」
「…覚えてたのか」
「あたし、記憶力にはちょっと自信あるんだ」
準選抜クラスで須郷が慕われていた理由がよく分かる。
「弟さんが中等部にいるんだったか」
「そうそう!あたしんち再婚だから、年が離れてて妹連れてたらお母さんですかって訊かれるんだよね…」
「そうか。元気にしているか?」
「なんで急にそんなこと…」
「倒れたことがあっただろ?気になってしまって…ごめん」
病弱で授業を抜けることもよくあると話していたのを思い出し、咄嗟に弟さんの話題にする。
「多分元気だと思う。最近家じゃなくてマンションでひとり暮ししてるから、週末しか会わないんだ」
「そうだったのか」
「なんか家に居づらくて…。あ、でも昨日弟から電話があったよ。
追いかけてくる、何も見えないって…途中で切れちゃったけどね」
「ちょっと美穂、それかけ直さなくてよかったの?」
「そのうちかかってくるでしょ、多分」
今のところ、須郷本人は弟のことを覚えているらしい。
「そういえば、麻由里の妹さんは元気なの?」
「そろそろ遠足の時期みたいで、色々話してたよ。でも、決まったのかな…」
そこまで話したところで、麻由里と呼ばれた女性は沈黙した。
「麻由里?」
「昨日から1回も話してないなって思って…というより、家に帰ってきたところも見てない」
「え、それ大丈夫なの!?」
「帰りが遅かったからかな…」
おそらく間違いない。
違和感を覚えているうちに話を聞いておこう。
「もしかして、山口咲さん?」
「どうして妹のことを知ってるの…?」
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