夜紅譚

黒蝶

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第11章『そよ風の知らせ』

第85話

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「山口咲さんっていう、妹さんがいるんだろう?」
「そうだよ。さっちゃんとコンビニアイス一緒に食べるってよく話してるじゃん!」
「何言ってるの?ふたりとも、怖いよ…?」
須郷美穂には若干耐性があるのか、まだ弟のことを覚えていた。
だが、山口麻由里から妹の存在は完全に消えてしまっているらしい。
「…山口さんはひとりっ子なのか?」
「そうですけど…」
「そうか。教えてくれてありがとう」
私が知りたかったのはそれだけだ。
そそくさと講義室を出ると、須郷さんが追いかけてきた。
「ねえ、憲兵姫。どういうことなの?なんで麻由里は妹ちゃんのことを忘れちゃったの?」
「分からない。…分からないけど、私から言えるのは写真を絶対になくさないこと。
多分、それがあれば多少長く弟さんたちのことを覚えていられるはずだから」
私に言えるのはここまでだ。
まさか視えない人間に怪異たちがやっています、なんて説明するわけにはいかない。
「念のため、弟さんたちと定期的に連絡をとるようにしておいた方がいい」
「そうだね。ありがとう。あたし、今から妹たちに連絡してみるよ」
別の方に意識を向けてくれている間に、私はやるべきことをやらなければならない。
《懲りずにまた来たのか。愚かな…》
「私は、月が出るまではそんなに力を使えないんだ。対等な話し合いを求めてここに来た」
《対等だと?この私とそんなことができると思っているのか?》
「なら、対等じゃなくていい。拘束したければすればいいし、この教室にいた生徒たちみたいに消されてもいい」
妖はしばらく考えこんだ後、嘲笑うような表情で私を見つめる。
《私の可愛い子の墓を荒らしたのだ。罪人を見つけられるというならやってみろ》
「分かった。…ついでにひとつ聞かせてほしい」
《なんだ?》
「おまえのお子さんは風を自由に操る妖術を使えるか?」
《たしかにあの子は風に愛されていた。悪戯で旋風をおこすこともあれば、人間を楽しませるためにと小さな風をおこしていることもあったな》
「…そうか。教えてくれてありがとう」
まずは犯人を見つけなければどうしようもない。
痕跡が残っているわけではないしどう探そうか思案していると、妖が1枚のプレートと長めのリボンを私の前に置く。
《墓荒らしが身に着けていたものだ。私が確認できたのはこれだけだった》
「ありがとう。充分だ」
1枚は名札、リボンにはご丁寧にローマ字で名前が刺繍されている。
「ひとつ言っておくと、犯人はこの教室の生徒じゃない」
《なんだと?》
「一旦話を聞いてみるよ」
犯人を突き止められれば陽向たちに平穏が戻るだろう。
今はそれだけを願って中等部へ急いだ。
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