夜紅譚

黒蝶

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第13章『聖夜の贈り物』

第103話

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「何があったんだ?」
《別に。ちょっと厄介な奴に追いかけ回されただけよ》
「厄介な奴?」
《ああ、もう》
黒猫は人型に変怪して、小さく息を吐く。
「ちょっとした噂が流行りだすの。まあ、あれはどちらかといえば人間の気配に近かった気がするんだけど…。
とにかく刃物を持ってて危ないから、適当に逃げ回ったわ。電話は傷つけられていないはずだけど捕まってこのざまよ」
恋愛電話を護っている結月は普段、ほとんど電話の近くで過ごしている。
人間に荒らされない限りは暴走することもなく、桜良とは時々お茶会をするほど仲良しだ。
「大男の噂か」
「ええ。大男といってもそんなに大きくなかったけど、夜になると力が強力になるタイプかも知れないわ」
子どもにプレゼントを渡せなかった父親が、無念を晴らすため夜な夜な出歩いているらしい…という話だった気がする。
「それ知ってます。たしか、さわられたら自分の子ども代わりにされるって話ですよね?」
「ああ。私もそういう話があると聞いた」
すやすや眠る桜良の隣で陽向が小声で話す。
「クラスメイトの友だちが姿を見たっぽいんですけど、連絡がとれないみたいです」
「…そうか」
それしか言葉が見つからなくて、そのまま沈黙が流れてしまう。
「早めに見つけないとまずいことになりそうだな」
「ですね。あと、監査部メンバーがひとり消えてます」
「…西田か」
あまりのペースに先生も困った顔をしていた。
「ませ猫。おまえを襲ったやつが人間に近かったっていうのはどういう意味だ?」
「なによ鈍感男。…気配が妖より人間に近かったの。それに、刃物を振り回す様子が慌てているように見えたわ」
「え、それだけで分かるのか?」
きょとんとしている陽向に結月が言いたいであろうことを説明した。
「武器や力を使える妖っていうのは、それに慣れてるだろ?ずっと使い続けてきたんだから」
「あ、そっか!慣れてるものなら落ち着いた動作になるはずだってことですね」
「そういうこと。…けど、生きてる人間が堂々と猫を襲ったならそれもそれで危ないな」
生身の人間と戦うことになることほどやりづらいことはない。
毎回本気で殺しにかかる相手を殺さないように事を収めているが、生身の人間には傷ひとつつけられないからだ。
「噂のこともそうだけど、そっちもまとめて片づけよう。けど、陽向は今夜ここにいること。いいな?」
「ありがとうございます」
無防備な桜良を狙われてしまっては困る。
それに、今日は金曜日だ。そろそろ連絡がくるだろう。
【お姉ちゃん、今夜は何時にどこへ行けばいい?】
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