夜紅譚

黒蝶

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第15章『バレンタインの災難』

第122話

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「ああ、もう!」
猫耳少女は大きなため息を吐く。
「どうしたんだ?」
荒れている結月を見て放っておけず声をかけると、うんざりした様子で答えた。
「この時期に来る人間っていうのは、ねちねちねちねち似たようなことばっかり言うの。
せめて告白するって覚悟を決めてから来ればいいのに」
そう言いつつ、恋愛電話の噂は瞬く間に広まっていた。
てっきり自分でやったのだと思っていたがそうではないらしい。
「困りごとか?」
「あの混み具合じゃ身が持たない」
「手伝えることはあるか?」
「怪我人にそんなことさせられないわけないでしょ」
たしかに杖を使って歩いているが、そこまで酷い怪我というわけでもない。
…ただ、杖を使わず歩いた瞬間先生の殺気だった視線がこちらを射抜くだけだ。
「心配してくれるのはありがたいけど、みんなそんな感じだから何かやらせてくれ。このままだと体がなまってしまいそうだ」
「それなら、あっちに集められてる紙束に関する噂を調べて」
そこには願い事が書かれているようだが、何故か全て赤い紙だ。
よく見ると、小さな字で恋愛成就に関する言葉が書き連ねられている。
そして、その紙束には全て別の紙でできた何かが貼りつけられていた。
「これが何か関係しているのか?」
「それが分からないから調べてほしいの。おそらくだけど、ここに純粋に電話をかけにやってくる人間の中にまざって別の何かを果たそうとしている存在がいる」
他でもない恋愛電話の持ち主である結月がそう感じているのだ、ほぼ間違いないだろう。
「分かった。少し調べてみるよ」
「しばらく動けそうにないから、何かあれば知らせて」
「任せてくれ」
学園内に蔓延る噂は大学部には入りづらい。
つまり、今はまだそこまで強力なものにはなっていないはずだ。
「陽向、少しいいか?」
「え、あ、先輩!?」
慌てて何かを隠したのが気になるが、それより噂について話を聞きたい。
「驚かせたなら悪い。また後で出直そうか」
「いや、全然大丈夫です。何かあったんですか?」
「恋愛電話の横にあった紙の話なんだけど、何か知ってるか?」
陽向は少し黙りこんで、深呼吸をひとつして話しはじめた。
「愛っていい感情ばっかりじゃないんです。それこそ嫉妬の塊になって、ストーカー化する人間もいるし…。
あの赤い紙はそういう負の感情が書きこまれてるみたいです」
「恋が実らないようにする、ということか?」
「それに近いです。下手をすると大きな呪いになるかもしれません」
深刻な話になってきた。
恨みつらみが重なり合えばどうなるか、私はよく知っている。
「恋の邪魔をすることができるらしい、とかいう噂ならもう少し様子を見たかったんですけど…」
「邪魔者を消すらしい、ということか」
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