夜紅譚

黒蝶

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第16章『消えゆくもの』

番外篇『ひとりではなかった』

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「白露は満天堂の月餅が好きなんだね」
《……どうだろうな》
好き嫌いをよく聞かれるが、自分ではよく分かっていない。
《今日は静かだな》
「うん。桜良先輩、大学生になっちゃったし…私が頑張らないと」
《寂しくはないのか?》
何やら我慢している姿に思わず訊いてしまう。
「平気だよ」
不思議とその言葉に嘘はない気がする。
…もっとよく観察していれば分かるだろうか。
「あ、穂乃ちゃん!」
「佐和ちゃん、おはよう。美和ちゃんは委員会?」
「うん。図書室に新しい本が入るから、来れる人は手伝ってくださいって言われたんだ。
佐和はこれから陸上部のミーティングみたいなのがあるんだって」
「そうなんだ…。ふたりとも、頑張って」
「「穂乃ちゃんもね」」
双子が去った後、主は持っていた原稿を握りしめていた。
「そういえば、どんな噂が広まっているか調べないと」
《そこまで難しく考える必要はないと思うが》
春休みとやらの間は怪異が暴走するほどの噂は広まらないと夜紅が話していた。
…それでも主を狙ってくるものはいるようだが。
《少し離れる》
「分かった。気をつけてね」
角を曲がり、階段を降りたところで何かが襲いかかってきた。
《ウ、ウマ美味ゾウ…》
理性を失っている相手というのは似たような発言しかしない。
飢えているから狂ったのか、狂った分飢えているのか…そんな事を考える間に牙をむき出しにして体をなぎ倒された。
《…煩いのは好みではない》
そのまま一刀両断し、なんとか事なきを得た。
主の気配を探ると、近くに誰かいるのが分かる。
「じゃあ、穂乃ちゃんと桜良ちゃんで放送部をまわしていくんだね」
「うん。室星先生のおかげで許可がおりたんだ」
「よかった。放送室は、桜良ちゃんにとって安心できる場所だから…」
死霊少年と会話している主の表情は穏やかだ。
「ちょっと寂しくなるね」
「たしかにそうだけど、寂しくないよ。だって、瞬君がいるし…白露が隣にいてくれるから」
そんなふうに感じていたのか。
こういう感情をどう言葉にすればいいのか分からない。
「白露ともすっかり仲良しだね。僕ももっと仲良くなりたいな」
「それなら、今度会ったときにこれを渡してみて」
「これ…月餅?」
「食べているときに、すごく優しい目をするんだ」
【こういう菓子が1番好みです。私たちも食べてかまわないようですよ。
…いつか自由になれたとき、大量の菓子に囲まれるというのもいいかもしれませんね】
また昔のことを思い出し、胸が苦しくなる。
あいつはどうしているだろうか。
《……孤独に蝕まれないのはおまえがいたからだ》
扉越しの会話より、昔のことを深く考えてしまっていた。
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