夜紅譚

黒蝶

文字の大きさ
上 下
212 / 309
第20章『近づく足音』

第176話

しおりを挟む
遊び半分だったとしても、本気で願ったものだとしても最悪だ。
「陽向はこういうものに襲われたってことか」
目を閉じたまま動かなくなった陽向を運ぶ先生に問いかけると、困ったように眉をさげる。
「一応そういうことになるんだろうな。純粋に願ったのか、たちの悪い悪戯か…どのみち状況は最悪だ」
「そうだな」
早めにかたをつけなければ怪獣に関する噂が広まってしまう。
だからといって、無闇やたらと動くのはよくない。
「…話、まとまりました?」
「起きたか」
陽向は大きく欠伸をして苦笑する。
「すみません。まさかいきなりでかぶつに追いかけられるなんて思ってなくて…。体が硬くて攻撃がとおらなかったんです」
陽向の話によると、どうやら相手の大きさは中庭の笹くらいはあったらしい。
…つまり、2階に届く勢いで成長したということだ。
そのうえ硬い皮膚を持つとなると、矢を当てるのもひと苦労だろう。
「これって明日の朝までに解決しないとやばいですかね!?怪獣現る、なんて見出しになったら…」
「落ち着け。これはあくまで推測だが、わざわざ夜に願いを書いたわけではないだろう」
先生が言わんとしていることを理解した。
「…つまり、夜の間だけしのげれば朝には消えている可能性が高いってことか」
「おそらくは」
言うのは簡単だが、問題はどう食い止めるかだ。
「折原、動けるか?」
「やれるよ。…桜良、聞こえるか?」
『何かありましたか?』
「申し訳ないけど、穂乃と白露に放送室にとどまるよう伝えておいてほしい」
『後方支援も駄目なの…?』
「相手を探すところからはじまるからな。あと、まだ素性が見えてこないからもう少し待ってほしい」
『…分かった』
まさか穂乃に聞かれていたとは思わなかった。
だが、いつまでかかるか分からないものに中学生をつきあわせるわけにはいかない。
……ゆっくり休んでいてほしい、という考えは甘かったとすぐに反省した。
ずしんと大きな音がして、急いでそっちの方へ向かう。
「ふたりはここにいてくれ。通信は切らないでおくから」
「ひとりじゃ危ないですよ!俺も一緒に、」
「駄目だ。さっき起きたばかりだろ」
気の所為ならそれでいい。
その程度の思いで見に行ったのだが、目の前には予想どおりの光景が広がっていた。
《ぐおおお!》
「おまえが誰の願いから生まれたのかなんて知らない。…それでも、ここを壊されるわけにはいかないんだ」
旧校舎の誰も使っていない場所とはいえ、このまま破壊行為を続けられると大変なことになる。
自分の体なんて気にしていられない。
「頼む。動かないでくれ」
しおりを挟む

処理中です...