夜紅譚

黒蝶

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第20章『近づく足音』

第181話

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《すまない。俺がついていながら…》
「白露のせいじゃない。ちょっと行ってくる」
名前も知らない付喪神と食事を摂るようお願いし、見つけたと陽向が持ってきてくれた短冊を持って旧校舎の裏側で息を吐いた。
「映画の世界にいそうな虫、か。たしかにいるかもしれないな」
短冊をそのままにしておくわけにはいかないので、小さめの焚き火を作って静かに燃やす。
朝でもそこそこの火力を出せるようになった札を使って、跡形もなくなるまで見守った。
私が書いたものの効果は現れているのか分からない。
「先輩、ここにいたんですね」
「おはよう。少しは休めたか?」
「はい。けどまさか、あんな願い事をする生徒がいるとは…。それに、穂乃ちゃん大丈夫ですか?」
「穂乃は憑かれることはあっても、そう簡単に侵食されないから大丈夫だよ。…前もあったんだ、こういうの」
そのときは悪意を持った相手だったためすぐに処理したが、今回の付喪神は別の思いがあるような気がする。
「人間を殺したいわけじゃなさそうだし、もう少し様子を見てみるよ」
「たしかに人を害するようには見えなかったし、寧ろ戸惑ってるみたいでしたね」
「想定外の願いっていうのは分かる気がする」
純粋にしろ悪戯にしろ、叶える側からすれば戸惑うものしかない。
「そういえば先輩、何か願い事を書いてましたよね?」
「ああ、一応」
「何書いたんですか?」
「陽向は書かないのか?」
「一応書きました」
…【桜良が元気になりますように】と書かれた短冊を見つけたことは黙っておこう。
「今夜答えが出ればいいんだが…」
「あれ関連の願いごとなんですか?」
「内容を話すと叶わなくなりそうだからな…。お楽しみということにしておいてくれ」
陽向はそうですかと言って、ふと視線を誰もいないはずの新校舎に向ける。
「どうした?」
「…あそこ、誰かいません?」
動きからしてただの人間のようだが、部活も休みになっているのに何故生徒がいるんだろう。
「一応追いかけてみます?」
「いや、もしかしたら忘れ物を取りに来ただけかもしれないし…。もう少ししてまだいるようなら声をかけてみよう」
「ですね。人間っぽいし、すぐ出ていくかも?」
穂乃の底なしの霊力なら、今の状態を維持しても体調を崩したり乗っ取られることもないだろう。
そのまま夜まで特に問題はなかったが、妹の顔をした別の何かと話す瞬間は不思議な感覚だった。
「《面倒な願い事があるみたい》」
「え、俺たちで見たときは大丈夫そうだったけ、ど…」
陽向が固まるのも無理はない。
巨大な化け烏が頭上を飛んでいれば、誰だって同じ反応になるだろう。
「《空を飛んでみたかったそうよ。鳥と一緒に》」
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