夜紅譚

黒蝶

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第22章『死者の案内人』

第203話

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「陽向」
「どうかしました?」
「……可哀想だな、捕食者って」
「え、どういうことですか?」
驚いた様子の陽向に、できるだけ純粋そうに見える笑みを浮かべて答える。
「だって、いちいち食べるために分身に動いてもらわないといけないくらい弱いんだろ?ちょっと可哀想になってきたよ」
陽向は意図を察してくれたらしく、話に乗ってくれた。
「たしかにそうですね。本体が出てこないってことは、自分が弱いのを自覚してるからってことに…」
『ふたりとも、捕食者を煽っているんですか?』
いつの間にかインカムのスイッチが強制的に入っている。
「そんなところだ。もし相手が思ったより短期なら、そろそろ出てくるんじゃないかと思った」
『たしかにそうですね。単純な相手なら、激昂して暴れまわってもおかしくないと思います』
「全然気づかなかった…。何かあったとか?」
『そういうわけじゃない。ただ、少し気になっただけ』
「心配してくれたならそう言ってくれればいいのに…」
桜良は無言のまま、何も話さなくなってしまった。
「陽向」
「だって、やっぱり直接言葉にしてほしいじゃないですか…」
「その気持ちは分かるけど、思いは充分伝わってきただろ?」
「まあ、そうなんですけどね」
話が終わったところで、もう一度煽ってみることにした。
「それにしても、自分より小さな子しか狙えないなんて本当に弱いんだろうな」
「ですね…。弱い者いじめなんてみっともないって、なんで分からないかな…」
「やっぱり、大人相手にやりあえる自身がないんだろうな」
「本当に可哀想ですね。誰も教えてくれないなんて」
少し沈黙が流れ、流石に無理だったかと諦めかけたそのとき。
「伏せろ」
それと同時に爆音が鳴り響く。
耳に届いたのは、ドスの利いた声だった。
《ダレガ、ヨワイッテ?》
「今度はちゃんと本体が出てきてくれたみたいで嬉しいよ」
「そうそう。…ほら、こっちこっち!」
陽向が楽しそうに笑って走りだす。
それを追うように影がのびていき、巨体の捕食者はじわじわ私から離れていく。
「──燃えろ」
札を投げつけ、ばっと軽く爆発する。
町中で戦うときは特に周りのものを傷つけないよう気をつけなければならないため、なかなか思うように動けない。
「おら!」
陽向の拳がはいったらしく、相手はその場でしゃがみこむ。
そこめがけて矢を放った。
《ギャア!》
「…まだやるか?」
もしまだ害をなすようなら見逃すことはできない。
相手の答えを待っていると、陽向がこちらを指差して叫ぶ。
「先輩、後ろ!」
振り向くと、触手のようなものが目の前までのびてきていた。
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