夜紅譚

黒蝶

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第23章『飛べない雛鳥』

番外篇『観察日誌』

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【健康状態は特に異常なし】
「先生、終わった?」
「ああ」
「茜、こっちおいで。お風呂入れてあげる」
《ん!》
あれから他の奴らも協力してくれて、今のところ噂の広まりは最小限に抑えられている。
それと、数日しか経っていないというのにもう体が成長していた。
「ぬいぐるみサイズになったね」
「ああ」
こういった何かを育てる経験は植物以外はないに等しい。
今は育児本や折原頼りになってしまっている。
「先生、詩乃ちゃんがご飯持ってきてくれたよ。あと、新しい洋服も」
「そうか」
ご飯も粒ではなく、小さめの茶碗一杯分なら食べられるようになった。
他のおかずもバランスよく食べさせている。
「茜」
《……?》
「今日からはここに寝てみてくれ」
俺にできるのはせいぜい家具を用意することくらいだ。
「これ、ベッド?」
「布団一式は完成させておいた」
茜はにこにこして横になる。
どうやら寝心地がよかったようで、そのまま眠りについた。
「ぐっすりだね」
「そうだな」
瞬も疲れているだろうに、早起きして様子を見に来てくれる。
「部屋で休まないのか?」
「うん。もうすぐみんなが来るだろうし…」
「入っていいか?」
「早速来た。詩乃ちゃん、いらっしゃい」
折原は入ってくるなり茜の様子を確認した。
「ぐっすり眠っているんだな」
「さっき寝たばかりだ」
どこにもいないと思ったら白衣のポケットに入ろうとしていたり、瞬のパーカーのフードから出てきたり…。
そのお転婆さに少し振り回されている。
「どんな感じだ?」
「前々から思っていたが、おまえは本当に苦労したんだな」
「苦しいだけじゃなかったよ。穂乃が元気でいてくれることが私の幸せだから」
折原の自己犠牲精神はここからきている部分もあるのかもしれない。
「悪いな、食事の用意を任せて」
「いいんだ。小さい子ども用のメニューなんて久しぶりに作ったけど、結構楽しんでいるから」
「生きている人を育てるってやっぱり大変だね。…ああいう時期が、僕にもあったのかな?」
瞬が不安そうに世話をする理由がようやく分かった。
俺が知らなかっただけで、ずっと気持ちを押し殺していたのだろう。
「おまえはよくやってくれている。俺より茜の扱いが上手い」
「……本当?」
「本当」
「私はこのまま見回りしてくるよ。頼まれてたものはこれで全部だと思うけど、確認しておいてくれ」
「助かる」
俺たちの邪魔にならないよう配慮してくれたのだろう。
あまり話せることはないが、これだけは伝えておきたい。
「おまえがいてくれるから助かってる。嘘じゃない」
「そっか。…それなら、この子のことを護れるくらい強くならないと」
こいつがいてくれるなら大丈夫だろう。
俺にできるのは、本や折原から得た知識を駆使して世話をしつつ見守ることだけだ。
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