夜紅譚

黒蝶

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第24章『豊穣の巫女へ捧ぐ』

第215話

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《なんだあいつ》
《まさか妖ではないのか?》
ざわつく周囲をよそに、細剣のようなものを持って突進してきた妖の攻撃をかわす。
《な…》
流石に神聖な儀式を執り行うステージの上を汚すわけにはいかないので、ナイフを投げて誰もあがってこられないようにした。
「別に崇めることは悪いことじゃない。…ただし、それは相手が嫌がっていない場合に限る」
《この無礼者めガ!》
豊穣の巫女の力に蝕まれはじめたのか、狂っているというより体がどんどん消えかかっている。
《私の大切なお客様を傷つけるのは許さない》
《ぎゃあああ!》
相手の体が完全に消えるのと同時に、あちらこちらから悲鳴があがった。
《お怒りに触れたからだ…》
《俺たちも消されるのか?》
「豊穣の巫女は、あの妖を部屋から退出させただけだ。…彼女の邪魔をしたらどうなるか分からないけどな」
妖たちの混乱に乗じて、伸びてきた細い糸を掴む。
「…ごめん。今日のところは下がる」
《助けてくれてありがとう》
本来であれば早くケリをつけたいところだが、このままでは狂人と化した人間たちを助けられなくなる。
「先生がいなかったら切り抜けられなかった」
「…そうか?まあ、たしかにおまえでもあれの相手は厳しいだろうな」
「知り合いなのか?」
「奇術師の噂というものがある。本来であればハロウィンやクリスマスにひっそりと蔓延る程度のものだが、あれだけ強大な力を使える理由は謎だ」
奇術師の噂…詳細は分からないが、あるということだけはなんとなく知っている。
『詩乃先輩、室星先生、少しいいですか?』
「今は話せるよ。どうした?」
『豊穣の巫女について調べてみました。…村の人々にから祀られ崇められ、過剰な行動制限に耐えていたみたいです。
その結果、外の世界を殆ど知らずに力が弱まり続けて、誰も彼女の最期を知らないと記されていました』
思った以上に惨い話だ。
村のために祈り続けてきたのに、最期は独り寂しく命を落とした。
…そんな状況で誰も恨まず過ごせたのが不思議だ。
「教えてくれてありがとう。…せめて怪異じゃなくなれば、外の世界に出られるかな」
『私もそう思います』
「なら、用意しておくべきものがある。若干危険を伴うが乗ってくれるか?」
先生の糸は私が掴んだものだけじゃない。
つまり、仕こみは全て完了しているということだ。
「分かった。内容を教えてくれ。…彼女は助けを必要としている」
先生が考えた内容は思ったより単純なもので、すぐにでも実行できそうだった。
「決行は明日の夜だな。今夜は騒ぎになっているはずだから」
『せいいっぱいやります』
「ごめん。…頼む」
陽向の声が聞こえないのが気になったが、後で報告すればいい。
嫌な予感を覚えたものの、急いで旧校舎の宿直室へ戻った。
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