夜紅譚

黒蝶

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第24章『豊穣の巫女へ捧ぐ』

第218話

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《受け取れません》
《この私の誘いを断るだと…?》
《来ないで。お願い、やめて…》
怯える千代を見て、奇術師は狂った嗤い声をあげた。
《そうそうそれです!その顔が見たかった…。絶望に歪むあなたは美しい》
「その汚い手で触るなど屑」
《……!》
本当はもっと引きつけるつもりだった。
先生の糸がそこら中に散りばめられているのは分かっていたから。
だけど、このまま千代を襲わせるわけにはいかない。
《貴様は、昨日の…。おのれ、何故私の邪魔をする!?豊穣の巫女の力さえ手に入れば、私は最強になれるというのに!本当に忌々しい》
…嗚呼、黙ってくれないかな。
《何故無言なのだ!何か──》
「言うことがあるのはおまえだろ」
《ひっ……》
頸動脈の近くに浅く刺さる程度の力でナイフを投げつける。
他の妖たちは恐怖したのか、あっという間に立ち去ってしまった。
《こ、このなかにも人間がいるんだぞ!どうなってもいいのか!?》
「一旦黙れ。耳障りだ」
矢に札を巻きつけ、先生の糸に当てる。
このまま燃やせば奇術師の息の根を止めることも容易いだろう。
「その人たちにかけた洗脳をとけ」
《はあ?何を言って、》
次の瞬間、ぼろ布のなかから伸びた手が奇術師の首を絞める。
「洗脳をとけって。じゃないと、次は最強どころか命を落とすことになるぞ」
《わ、分かったよ》
狂人と化していた人間たちの体がふらつき、ばたばたと倒れていく。
《これでいいだろ?もう解放されるよな?》
「そんなわけないだろう。…豊穣の巫女に無礼をはたらいておいて、その程度ですむと本気で思っているのか?」
私がそう告げた直後、どす黒い何かが奇術師の体を掴んだ。
《ひっ……》
「なんで巫女の力が必要だったんだと思う?…祀られている存在の厄災を呑みこむ力が強すぎるからだ」
《今年は供物が少ないのもあって、怒りを鎮められなかった》
大きな腕は奇術師を離すことなく、木箱のようなものへ引きずりこむ。
悲鳴が聞こえていたがどうしようもない。
「まさか、あんなにおっきいものを封印していたとは…」
千代はこちらへやってきて頭を下げた。
《助けてくれてありがとう》
「私は別に、特別なことはしてないよ。それで…噂から解放されたいんだったよな?」
《そう思ってた。でも、あの子を置いていけないから…。人を傷つけない噂にしてほしい。
私は誰も殺したくないし、あの子が殺すことになる状況も避けたい》
「分かった。…桜良、頼んでもいいか?」
『了解しました』
桜良が噂を変えている間に千代に尋ねた。
「…私は、これに見合う働きができたかな?」
《勿論。あなたは私の願いを叶えてくれたでしょ?》
微笑む少女はただの人と変わらない。
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