夜紅譚

黒蝶

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第27章『裏取引』

第248話

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《なん、だト…》
《こレハ…》
妖たちを次々なぎ倒し、音で察したであろう巨大な妖が声をかけてきた。
《俺ヲ斬ルノカ?》
「ああ。その穢れ、全部祓ってやる」
硬そうな体のどこならナイフが刺さるだろう。
計算しながら投げようとすると、耳元で先生の声がした。
『用意できた。それと、相手の角はおそらくまだかなり濃い瘴気がこもっている。
もう少し引きつけることはできそうか?』
「…やる」
そもそも、ぼろぼろの私が勝つ方法なんてそれしかない。
「仲間のことも分からなくなるくらい酔っているのか?」
《ウ、ウウ…バ、ラ》
無理矢理にでもこちらへ来てもらおう。
「──燃えろ」
連続で炎を放ち、体を焦がしながらこちらへ避けてくるよう仕向ける。
《ウオオ!》
激しい攻撃をかわしながら、どうにか先生から指示された場所へ近づける。
だが、妖の角が鈍い光を放った瞬間更に速く動き出した。
《グァハハハ!》
狂った笑い声をあげながらどんどんこちらへ迫ってきた。
《ウ、マゾ》
「…私ってそんなに美味しそうに見えるのか」
《寄越ゼエエエ!》
巨大な妖は黒い煙のようなものを吐きかけてきた。
息を止め、先生が示していた位置まで移動する。
煙がなくなったところで大声で宣言した。
「私はここだ!悔しければ倒してみろ!」
《ゾコガア…!》
相手の巨体が迫った直後に思い切り飛ぶ。
先生の糸が頭上に伸びてきてそれを掴んだ。
《ガアアア!》
先生の糸に絡め取られた妖は悲鳴をあげた。
「…貴重な休日を奪われたんだ、簡単に赦したりしない」
先生の怒りはすさまじいものだった。
目はいつもの色から紫がかり、耳はとんがりした形になっている。
先生の妖姿をはっきり見たことはないが、普段より人間味が薄れているのを感じた。
「おまけに、仲間にまで手を出しやがって」
《バ、バラ…》
「そんなに薔薇がほしいならくれてやる」
先生は懐から青い花びらを出し、それを妖に向かって投げつけた。
《ウ、美味イ……》
「よかったな」
相手は美味いと繰り返しながら満足げに微笑む。
その体はどんどん崩れていき、最終的に角だけが残った。
先生はすぐ拾っていつもの表情に戻る。
「これを渡せばいいのか」
「…先生ってやっぱり怒ると怖いんだな」
「命がかかっているからな。数は誰でも平等にひとつだ。…例外を除けば」
私の方に視線をやったのは気の所為だと思っておくことにしよう。
「助けてくれてありがとう。助かったよ」
「…疲れているんだろ?いいからもたれかかっていろ」
「ありがとう」
やっぱり、満月の日は戦いに向いていない。
いつもより体力が持たなくて、そのまま目を閉じた。
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