夜紅譚

黒蝶

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第28章『激甘毒林檎』

第253話

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ベッドから起きあがっていた陽向はすっかり元気な様子だった。
「ご心配おかけしました」
「元気そうでよかった」
大きく伸びをする陽向の傍らで、桜良が頬を真っ赤にしている。
「桜良ちゃん、どうしたの?」
「なんでもない。…それより、かなりくたびれているみたいだけどどうしたの?」
「あ、これはね…」
ふたりが話している間に、ざっと陽向に事情を説明する。
「本当にやばい噂ですよね。美味しさのあまり死にますよ、なんて」
「それで、林檎はどんな味だったんだ?」
「…ものすごく甘かったです。死なないならまた食べたいって思うくらい」
この世のものとは思えない甘さというのは本当らしい。
「見た目では分からなかったんだよな?」
「はい。あ、でもなんかきらきらしてたような…?」
陽向の話によると、桜良が握っていた林檎がなんとなく嫌な感じがして自分が食べることにしたらしい。
自分でも何故その林檎だったのかと訊かれても、上手く説明できないのだという。
「すみません。あんまり役に立たないですよね」
「いいんだ。おまえが無事だったんだからそれ以外は望まない」
「先輩…」
じんわりした様子の陽向が見られただけでいい…そう思ってはいるが、問題はそれでは片づかない。
「一先ず林檎の主を見つけないことにはどうにもならないな」
「そうだな」
瞬と桜良の会話が止まったことに気づき、ふと視線をそちらにやる。
こちらの話は聞こえていなかったようで安心した。
…陽向が林檎についてちょっとしたことでも気づいていたと知れば、きっと傷ついただろうから。
「室星先生、瞬は最近眠れていないんですか?」
「え、そうなんですか?」
「ああ。茜のこともあるが、どうやら別件もあるようだ。…何も教えてもらえなかったが」
その言葉には寂しさが滲んでいる。
なんとなく眠れない、その後の過眠…嫌な予感がする。
「瞬、少し起きられるか?」
「…どうしたの?」
「最近林檎を食べたんじゃないか?」
「たしかに食べたけど、何かあったの?」
それがかなりまずい状況を示しているのは明白だ。
「…本当は突然眠くなったんじゃないか?」
「…?疲れているからだよ、多分」
「一旦外へ出てくれ」
先生にそう言われて、陽向たちと一緒に放送室へ向かう。
「今回の噂について、似たような事例がないか調べてみます」
「私はネット掲示板を読み漁ることにするよ」
「なら俺は聞き込み行ってきます!まだ引き継ぎ資料があるとか言えば、高等部の監査部ファイルも漁れるはずですから」
「頼む」
どうにかこれ以上被害が出る前に食い止めなければならない。
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