峽(はざま)

黒蝶

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第3幕

ナイトパレード★

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キーケースをもらえて、少し嬉しかった。
可愛いデザインのものもあったはずなのに、俺が使いやすいように敢えてシンプルなものを選んでくれたのだと思うと、らしくもなく胸がしめつけられるような感覚に陥る。
「ここ、みたいだけど...」
「噂どおりだ」
「噂?」
千夜はしまったという顔をしながら、ゆっくりと話しはじめた。
「実は、ここのこと...少し興味があって知ってたの。それで、ナイトパレードがあるって...だから、一緒に見られたらいいなって思ってて」
少しだけ不器用な、千夜らしい言葉が並ぶ。
「先に教えてくれればよかったのに。...まあ、そうと分かったからには絶対に帰ろうとは言わないけど」
もっと一緒にいたいとは言えずに、ついそんなことを口走ってしまう。
それでも手を繋いだ先にいる千夜は嬉しそうで、俺もそっと花火に目を向けた。
「おまえは、こういうのが好きなのか?」
「好きというより、初めてだから...かもしれない」
「小さい頃とか行ったことないのか?」
千夜は小さく頷いて、少し寂しげに瞳を揺らす。
(こいつのこと、まだまだ知らないことがあるんだな...)
「これから、沢山行きたい場所に行けばいい。俺が連れていく」
「うん。ありがとう...」
あまりにも花のように綺麗に笑うものだから、だんだん恥ずかしさがこみあげてくるのを感じる。
だが、それは決して不快なわけではなく、寧ろ心地よかった。
「遊園地にきたら、昔から絶対に乗るものがあるんだ。...最後につきあってくれるか?」
「うん、勿論。楽しみだな...」
「その前に、パレードをしっかり楽しまないとな」
そのとき、向こう側から誰かが走ってきて千夜にぶつかりそうになる。
「もっとこっちこい」
「わっ...」
強く引き寄せたせいか、抱きしめるような体勢になってしまう。
「悪い、つい...」
「...がいい」
「ん?」
「このままが、いい」
頬を林檎のように赤く染めながら小さく呟く千夜は、夜の闇のなかでもはっきりと見えた。
「それじゃあ、このままでいる」
「私の我儘ばっかりで、その、」
「こういうときは、謝るんじゃなくて...」
腰に腕をまわしなおして、そっと耳許で囁いた。
「ありがとうの方がいい」
「え、あ、ありがとう...」
花火がもう一度打ちあがった瞬間、そっと口づける。
「真昼、」
「誰にも見られないように気をつけた。その...なんか我慢できなかった」
想いが溢れて止まらない。
どうしたらいいのか戸惑っていると、千夜が背伸びして俺に口づけた。
「...!」
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