クラシオン

黒蝶

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僕にとっての関係性

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「僕の、まま?」
言葉遣いが僕であることにだって理由があるはずだ。
流石にそこまでは聞かせてもらえないかもしれないが、現状かけられる言葉はこんなものしかない。
「俺はあなたと話をしていてとても楽しかったです。...お客様がふたり同時にやってくるなんて、珍しいから」
「でもニナはただのぬいぐるみで、」
「...君にとっては大切な友だちなんだろう?それなら、俺にとってはふたりともお客様だよ」
時々止めてしまいそうになりながらも、迷うことなく言葉を続ける。
「その子のことを君は友人だと言った。その子しかいないとも...。
みんなが言っていることは正解かもしれないけど、君にとって正しいと思わないなら無理矢理押し付けられた価値観にはまる必要はないんじゃないかな?
犯罪の話になると別になってくるけど、その子を連れていることを否定することは誰にもできないと思う」
「店長さん...」
少女はぐっと握りこぶしを作った後、涙をふいてぼんやりと前を見つめる。
「それじゃあ、僕は僕の価値観を貫いてもいいと思う?」
「俺はそう思ってる。色々なものを見て、色々な考え方をする人たちがいて...それでこの世界は成り立ってるんだから」
みんなが同じことしか考えず、イエスマンになるのは簡単かもしれない。
だが、それはきっと世界とは呼べない代物になるだろう。
そもそも、同じ環境で育ったわけでもないのにそんなことはあり得ない。
「僕は、僕のままでいいんだ...そっか」
ニナを抱きしめながら涙する彼女に、ただティッシュを渡す。
「好きなだけ泣いてください。誰も君を咎めたりしないから」
それから彼女はしばらく泣いた。
ぬいぐるみが友人になるまでには様々な出来事があったのだろうと思うと訊いてみたくなってしまうが、ただ黙って見ていることしかできない。
もっと話ができる技術があれば、もう少し目の前の少女の心を軽くすることができただろうか。
「店長さん、ありがとうございました。...また来てもいい?」
「勿論です。いつでもお待ちしております」
「お金、これで足りますか?」
「いいえ。この店ではお金をもらっておりませんので...それなら、あなたが1番使っていない筆記用具をいただいてもよろしいでしょうか?
使いこまれていようが壊れていようが、一切気にしませんので」
「それじゃあ、これで。僕が持ってるのってこういうのしかないから...」
「可愛らしいです」
うさぎの模様がついているそのペンを貰い受け、ありがとうございましたと一礼する。
『その人にとって満足できる接客ができていれば満点だよ』
...俺の接客は、ちゃんと満点をとれているでしょうか。
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