クラシオン

黒蝶

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衝動

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お客様は次々とやってくる。
今日もこうしてまたひとり、悩みをかかえた者が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「...」
少女は俯いたまま、何も話そうとしない。
具合でも悪いのだろうか。
それとも、ふらっとやってきてここがどこか分からないほど傷ついているのかもしれない。
どう話を切り出そうか迷っていると、彼女が持っていた鞄に光るものが入っているのが見えた。
「...お客様、こちらはお預かりしてよろしいでしょうか?」
「あ...」
きちんと観察していてよかった。
少女は自らの方に向けられていた刃を突き立てようとしていたのだ。
ただ、何故こんなにも焦っているのか分からない。
「ごめんなさい、ごめんなさい...」
刃先を別方向に変えることしか考えていなかったので、予想外だった。
痛覚が鈍っているのは元からか、それともこれから痛みがやってくるのか...。
「気にしないでください。こういう痛みには慣れているんです」
「私、捕まって...」
「いいえ。そのようなことをするつもりはありません。その代わり、話を聞かせていただけませんか?」
少女は頷き、蹲るようにして咽び泣いている。
本当なら今すぐ話を聞きたいところだが、流石にお客様の前でこんな姿でいるわけにはいかない。
「...っ、ごほごほ」
流石に血を吐くほどだとは思っていなかった。
しかも、よりによって腹部に刺さるのは予想していなかったのだ。
ただ、動けるということは急所には当たらなかったのだろう。
「...これでよし」
昔、この店に殺し屋がきたことがある。
そのときは店のものも滅茶苦茶に破壊され、成す術なく泣くことしかできなかった。
『──は自分を無下にするところがあるから...。できれば、もう少し自分を大事にしてほしいな』
あの人に何度かそんなことを言われたものの、その意味もまだ解明できていない。
「お待たせいたしました。取り敢えずお飲み物をどうぞ」
半ば錯乱状態だった少女を落ち着かせ、アイスティーを用意する。
「どうして...だって私、」
「俺を殺す為に来たなら、この態度は間違っていると思います。
でも、あなたは無意識のうちに山道を歩いてここまでいらっしゃった...自らを終わらせる為に。違いますか?」
「...そうです。おかしな話、お店に辿り着いたことにさえ気づいていませんでした」
彼女は意識がないまま、ここにこようと思ったわけでもなく来店してしまったのだろう。
誰にも見つからずに自らを終わらせたい...何がそこまで追い詰めたのか知りたい。
「お話を聞かせていただけませんか?」
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