クラシオン

黒蝶

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「失礼いたします。お体の具合は如何ですか?」
翌朝、少女の元を訪ねた。
彼女は少し驚いたような表情をしていたが、やがて静かに頷く。
「朝食をご用意させていただきました。よろしければお召し上がりください」
「あの...今って本当に朝ですか?」
「...?朝ですよ。よく眠れたようでよかったです」
彼女は本当に驚いていた。
普段そんなに眠れていなかったのかと思うと、ますます話を聞かなければと感じる。
「カウンター席にご用意してありますので、よろしければご利用ください」
「ありがとうございます」
1度頭を下げてその場を離れる。
なんとなくそうした方がいい気がした。
様々なハーブと香油をブレンドして焚いた香に効果があったらしい。
この程度のことしかできないが、その分丁寧にやっていこう。
「い、いただきます...」
少し不安そうな表情を浮かべたものの、一口食べた瞬間涙を零していた。
「美味しい...」
「ありがとうございます」
「美味しいです...」
切り出すなら今だろうか。
「あなたが抱えていること、よければ話していただけませんか?」
「...家にいる時間が苦しいんです。私が家事をやらないとまわっていかないからどうしても休めなくて...。
私だって具合が悪い日や疲れている日があるけど、それを言えるような環境じゃないんです。でも、私だってやりたいことがあるのに...」
ネグレクトのような状態、ということだろうか。
誰もやらない家事を淡々とこなし、自らの時間を犠牲にしてまで働いている。
それは、誰だって辛いだろう。
「本当に大変ですね」
「学校でも色々あって居場所がなくて、最近は授業もほとんど出ていません。
楽しくない、私なんかいなくなっても誰も気づかない」
家にいる人間たちの面倒を見て、心が疲れきっているのかもしれない。
『心が壊れる寸前まで頑張った人というのは、もう立ちあがれないくらいめいっぱい動いた人だ。
その人たちに頑張れと声をかけるのは、俺はできない。頑張ったから心が疲れているのに、もうそれ以上なんてないだろうから』
あの人はそう言っていた。
もしかすると、彼女ももう心が壊れそうになっているのかもしれない。
「だから、山奥まで行けば自分は消えられるんじゃないかと考えたんですね」
「そうです。明日がくるのが怖くて眠ることもできなくなって、ただ解放されたいと思いました」
目の前の少女には、どんな言葉をかけるのが正解だろうか。
考えた末出てきたのは、ありきたりな言葉だった。
「あなたの心の傷はかなり深い。もし行くところがないのなら、またこの店にいらしてください」
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