クラシオン

黒蝶

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自分を護る術

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付喪神が持ち主と共に帰ってから数日が過ぎた。
お客様がきたりこなかったりとなかなか安定しない。
...あまりお客様がいないということは傷ついている人が少ないということなので、それはそれでありがたいが。
ただ、この日のお客様が途切れるのはやはり僅かな時間のようだ。
「いらっしゃいませ」
「...失礼します」
言葉遣いは丁寧だが、恐らくあまり外に出ていない。
そうめなければ、あそこまで顔が赤くなることはないはずだ。
「お客様、少し休まれた方がよろしいかと」
「別に大丈夫です。いつものことだし...」
ぼさぼさの髪を触りながら、下を向いて無言で立っている。
「お客様、」
話しかけようとした瞬間、様子がおかしいことに気づく。
吐き気がするのかその場に崩れ落ち、呼吸がどんどん荒くなっていった。
「お客様、こちらでお休みになってください」
もう受け答えができる状態ではない女性をそのまま布団まで運び、水が入ったコップを少し離れた場所に置く。
「薬を飲むようでしたらこちらをお使いください」
側にいれば無駄に緊張させてしまう、そう判断し一旦その場を離れた。
それから1時間ほど待ち、料理を持って中に入る。
「...お客様、お加減いかがでしょうか?」
「もう平気です」
彼女はやはり俯いたまま、ぼそぼそと話している。
あまり話しかけない方がいいのかもしれない。
だが、体調を崩した相手を放っておくわけにはいかなかった。
「お客様、よろしければこちらを召し上がってみてください」
「...いただきます」
必要最低限の会話はしてくれるので、それはとてもありがたい。
その女性を見ていると、ふとあの人の言葉を思い出した。
『人と話すのが苦手になったことには、いくつかの要因がある。
単純に照れてしまう、誰かに裏切られたことによる人間不信...そして、人の顔色ばかりを窺ってしまう場合もね』
もしかすると、彼女もどれかに当てはまるのかもしれない。
そんなことを単刀直入に訊く勇気はないので、結局いつもどおり話を聞いていくしかないのだが。
「体調の方は崩すことが多いんですか?」
「よくああなります。周りには甘えだって言われるし、自分でもなんとかしないといけないのは分かっているつもりです。
...でも、どうしたらいいかなんて分かりません」
それはそうだろう。
彼女も彼女の周囲もきっと医者ではない。
...そんな残酷な言葉を発してしまえるのが不思議だ。
ぼさぼさの髪を触りながら、彼女はただ呟いた。
「...本当に外に出るとろくなことがない」
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