クラシオン

黒蝶

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私の居場所

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「優しい...?私が?」
「うん。君は周りのことをよく見ている。それはなかなかできることじゃないと思うんだ。
...君は自分を護る為に外にあまり出ないだけで、甘えなんかじゃない」
状況はよく分からないままだが、それだけははっきり言える。
「誰がなんと言おうと、君が背負っているものの重さは君にしか分からない。
それを外野から非難するだけなら簡単だけど、そんなことはしたくないんだ。俺のことを気遣ってくれたしね」
「あれは、私にとって当たり前で、」
「...それならやっぱり、君は優しい人だね」
周りを傷つけられないからこそ、自ら閉じ籠るしかない。
目の前の少女はパンク寸前の心で、世界への拒否反応を示している。
それはそんなに悪いことだろうか。
彼女と全く同じ境遇で全く同じ経験をしていない限り、それを悪いと言う資格なんてない。
...人は皆違うのだから、もしかすると誰にもそんな資格なんてないのかもしれないが。
「私、人から褒められることなんて滅多にないから...ごめんなさい、泣けてきちゃった」
「自分の心を抑えこみすぎると、いつかは爆発する。だから、辛いと思ったらこの場所に来てください」
ティッシュを差し出しながら、そんな言葉しかかけられないのが歯痒い。
「ありがとうございます...」
どれだけ辛いのを我慢してきたのだろう。
見ているだけでこちらも胸が締めつけられるような思いを感じつつ、少女が泣き止むのを待った。
彼女はきっとまだこの店に入る資格を失っていない。
砂時計の反応が鈍いのでよく分かる。
かなりゆっくりさらさらと落ちていき、ようやく全てが落ちきった。
「もし気が向いたら、またいらっしゃってください」
「こんなに優しいお店、初めてでした。...ありがとう」
「こちらこそ、お話しできてよかったです。ありがとうございました」
一礼して去っていく少女の背中を見送っていると、突然視界がぐらつく。
体が悲鳴をあげはじめていたのは最近のことではない。
ただ、あの人がいつか戻ってくると信じて待ち続けているだけだ。
そのとき、奥の部屋の扉が開く音がした。
「...小夜さん、朝食は食べられそうですか?」
接客を終えたばかりで敬語は抜けないが、なんとか笑顔を作って話しかける。
呼吸を整え、プレートを渡した。
「次のお客様がいらっしゃるまで時間があるだろうし、ゆっくり食べてね」
彼女が部屋に戻るのを確認してから、そのままテーブルに頭を預ける。
疲れているのか、それとも...今は考えたくない。
『この店を用意したとき、俺はずっと独りだったんだ。──にも大切なものができるといいね』
...俺にはやっぱり、あなたしかいないんです。
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