クラシオン

黒蝶

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みんな違ってみんないい

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圭と呼ばれた少年は、思いきり頭を下げた。
「あなたが謝る必要はありません。私がもっと早く正体を話していれば、あなたを傷つけることはなかったのです」
「俺は、間違いなく君の笑顔に支えられてた。それなのに、いきなり嘘つきだなんて酷いことを言って傷つけて...。
椿姫がいてくれないと、俺はすごく困る。一緒にいたくて、ちゃんと謝りたかったんだ」
「圭...」
女性の瞳にはうっすらと涙が滲んでいて、今にも零れだしそうだった。
「...おふたりは、互いを思いやるがあまり気持ちが暴走しているように見えました。
椿姫さん、でよろしいのでしょうか...圭さんと一緒にいる道を探すことはできませんか?」
勝手に名前で呼んでしまって大丈夫か心配ではあったものの、このまま放っておくわけにはいかない。
そう話しかけると、椿姫さんはなんとか持っていた小刀を仕舞ってくれた。
「まだ私に、彼と一緒にいる資格があるのなら」
「俺は一緒にいてほしいって思ってる。...独りだった俺といつも一緒にいてくれてありがとう」
誰かの為を想って傷つく覚悟ができているこのふたりなら、これから先もきっと大丈夫だろう。
「少々お待ちくださいませ」
そこで、すかさずデザートを用意することにした。
「椿姫はどうやってここまで来たの?」
「歩き回っていたら辿り着いていました。圭もですか?」
「そんなところかな」
はじめはぎこちなく会話をはじめたふたりだが、だんだん笑顔が見られるようになってきた。
このままいけば、確実に一緒に過ごせるだろう。
互いが互いを想いあう、それはとても難しいことなはずなのに彼らはしっかりできている。
...ふたりがとても眩しかった。
「お待たせいたしました。アフォガードです。
そちらのエスプレッソをアイスにかけてお召し上がりください」
苦いこともあるとは思うが、その先の幸せにどうか辿り着いてほしい。
「苦...くない?」
「通常は苦いものなんですか?」
「うん。この液体だけ飲んでみて」
「わっ、本当に苦い...」
「アイスにかけるとなんだか上品な味になるんですね、知らなかった...」
ただふたりに微笑みかけ、ありがとうございますと口にするのが限界だった。
妬みはないが、やはり羨ましいと思ってしまう。
「これからも、どうかおふたりの時間を大切にしてください」
寿命でいうなら人間の方が圧倒的に短い。
だが、それまでふたりの交流が続くといい、心からそう思う。
砂が落ちきった砂時計を見つめながら、またあの人の言葉を思い出した。
『──といると楽しいよ。毎日に光が射したみたいだ』
...恥ずかしくて言えなかったけど、あのとき俺も同じだったんです。
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