泣けない、泣かない。

黒蝶

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プロローグ

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その学校はある少女にとってただの地獄だった。
「ほら、早くしろよ!」
「...」
「無視かよ、つまんねーの」
...私は毎日、死ぬ方法を考えている。
落書きだらけのワーク、破られたノート...もう疲れた。
けれど、そんな私にはたったひとつだけ希望がある。
今日を耐えて、明日も耐えて、休みになれば...。
そんなことを考えていると、スマートフォンにメッセージが届いた。
《今週末、朝からとお昼からどっちがいい?》
《優翔に合わせる》
学校にも家にも、どこにも居場所なんてない...優翔の側以外は。
「優翔、すごいな...」
家の中で唯一の逃げ場である部屋...そこで今日もメッセージでやりとりをする。
優翔と出会ったのは中学の頃。
『君、すごく歌が上手なんだね』
そんなふうに声をかけてもらえたのがはじまりだ。
人に見つからないように歌っていたつもりだったけれど、残念ながらそうはいかなかったらしい。
(最近歌ってないな...)
長袖...よくて7分丈しか着られなくなってしまった体、疲れきってしまったそれをベッドに投げ入れる。
...夏休みが迫るこのときの私は知らなかった。
優翔が近くにくることになることも、今とは別の形で登校することになることも。

一方で、カーテンを閉めきった部屋がひとつある。
その部屋では、独りの少女が今日も寝こんでしまっている。
「...無理だ、出られない」
あるときから、私はほとんど外に出られなくなった。
本当はもう少し出てみたいのだけれど、どうしてもできない。
息が苦しくなって、体が動かなくなる。
そんな感覚に襲われているときだった。
「久遠、いるんだろ?」
「大翔...」
大翔はいつもバイトの帰りにきてくれる。
「お、やっぱりいた。お邪魔します」
「どうぞ」
「...さて。今日は何をしようか」
彼はいつもこうして何かしら用意してくれる。
それが申し訳なくて謝りそうになるけれど、口を閉じた。
『俺がやりたくてやってるだけだから、謝らなくていい。
...それに、俺にも気持ちは分かるから』
優翔は私と違って明るいのに、どうしてそんなことがあったのか分からないままだ。
けれど訊いてはいけないような気がして、何も言えずにいる。
「あ、もう帰らないと。...久遠、また明日」
「うん。また」
そんな約束が私をひどく安心させてくれる。
私みたいなものがいてもいいんだ...そう思うと、気が楽になるような感覚に陥ることが多い。
けれど、そろそろ外に出てみたい...そんなふうに思うこともあるのだけれど、それは誰にも話せずにいる。
出るのは怖い。
ただ、この後しばらくしてそのきっかけは動きはじめることになる。
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