泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
上 下
124 / 156
クロス×ストーリー(通常運転のイベントもの多め)

ハロウィン-泣けないver.-

しおりを挟む
綺麗すぎて僕には眩しすぎる。
その言葉は、目の前の女性にこそふさわしいものなのかもしれない。
「詩音、こっちだよ」
「うん...」
緊張しているのか、知り合いがいないか不安なのか。
もしかすると、どちらも抱えているのかもしれない。
「優翔?」
「ごめん、ちょっとだけぼうっとしてた」
辿り着いたのは、予約制のレストラン。
実は2週間前から予約していたというのは、僕だけの秘密だ。
「私の為に予定を空けてくれてありがとう」
詩音は優しく笑って、そのまま料理を食べ進めている。
僕も考え事ばかりせずに、ひとまず料理を口に運ぶ。
「...うん、美味しい」
「何を使っているのかすごく気になる...」
「舌だけで当てないといけないのかな?」
「多分そうだと思うけど...どうかな」
ふたりで笑いあいながら、少しずつ皿は空になっていく。
「次はどこに行きたい?」
「えっと...」
「...僕の家、くる?実家には弟たちがいる可能性があるし...外にいるのが不安なんでしょ?」
詩音が思っていることなんて大体分かる。
「お邪魔します...」
「どうぞ」
ふたり手を繋ぎ、少しだけ近く感じるマンションまでの道を早足で歩いた。
今は生徒と先生という関係以外に見えてしまうのはかなり困る。
流石にこうして一緒にいるところを見られてしまっては、誤魔化しようがなくなってしまう。
意図せず実習に選んだのが恋人の学校だったのだが、未だに誰にも話せていない。
「優翔、ごめんなさい...」
「何も悪いことしてないでしょ?謝らなくていいんだよ」
「今夜泊めてほしい...独りの家にいたくない」
予想外のことに、僕はどんな返事をすればいいのか分からなかった。
「親御さんがいいって言ったら、僕は構わないよ」
「...許可とった」
「早いね」
可愛らしい魔女をうっかり襲ってしまわないよう、大人な対応でとおしてみせる。
なかなか辛い部分もあったが、詩音が安心できるならそれでいい。
「優翔」
「どうしたの?」
「トリック・オア・トリート」
「お菓子なら持ってるよ。はい、どうぞ」
きちんと準備しておいたものを渡し、僕は詩音に訊いてみた。
「詩音、トリック・オア・トリート」
「持ってない、どうしよう...」
「それじゃあ...」
唇を唇に触れあわせると、びくっと動くのが視界の隅に入った。
「これで充分だよ」
「もう...」
詩音が成人するまで、ここから先のステップには進まないと決めている。
「それじゃあ、おやすみ」
「あ、あの...一緒に寝ちゃ駄目?」
恥ずかしそうにするその手を、振り払うことはできない。
オレンジ色に染まる部屋、ふたり寄り添って眠りにつく。
そっと抱きしめていると、いつもよりずっと安心して眠れたような気がした。
しおりを挟む

処理中です...