泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
76 / 156
泣かないver.

温かなスープ

しおりを挟む
「炒飯だけじゃ物足りないんじゃないかと思って、これ作ってきた」
「物凄く豪華...」
あまり美味しそうな見た目とはいえないのかもしれないスープだが、味はたしかだ。
「それじゃあ食べよう」
「「いただきます」」
両手を合わせて、まずは冷えた体に滲みるスープから飲んでみた。
...やはり味は大丈夫そうだ。
「あ!このスープ、ワンタンが入ってるんだね...美味しい。体が温かくなっていくのを感じる」
「それならよかった」
楽しく話して笑いあいながら、ゆっくりと食べ進めていく。
これで多少は気分転換になっただろうか。
「どうだった?」
「すごく美味しかった。体もぽかぽかになったよ、本当にありがとう」
「もうちょっと凝ったものを作れればよかったんだけど...」
「充分ごちそうだったよ。...それに」
どうしたんだろうと待っていると、久遠は満面の笑みでこちらをじっと見つめていた。
「それに、大翔と一緒ならなんでも美味しいよ」
「...!」
俺は大抵、独りで作って独りで食べる。
感謝されたり美味しいと言ってもらえたり、そんな経験はないといっても過言ではない。
兄貴からはいつも礼を言われるが、この家では違う。
俺は空気同然で、本当に疲れる。
「俺の方こそありがとう。いつもは独りで食べてるから、一緒に食べてくれる人がいるのって楽しいなって思った」
「それならよかった...」
「そろそろ風呂が沸くはずだから、先に入って」
「大翔の方が、」
「いいから先に入って温まってこい」
「それじゃあそうさせてもらうね」
久遠はぱたぱたと準備をはじめ、あっという間に終わらせる。
「風呂場は突き当たりを右に曲がったところにある。
石鹸とか好きなのを使っていいからな」
「ありがとう」
久遠の背中を見届けた後、俺はふっと息を吐いた。
こういったことは初めてではないが、どうしても緊張してしまう。
失礼なことをしなかったか、本当に料理はあれでよかったのか...。
俺はキッチンまで来ると、一心不乱に包丁を振り回す。
お菓子作りは正直あまり得意な方ではないが、たまにはこういうのもいいだろう。
「...そろそろか」
久遠の髪はいつもさらさらで、触るのが好きだ。
「大翔?」
「髪、乾かすな」
手際よく済ませ、俺も入浴を済ませた後、紅茶とできあがったお菓子を運び入れる。
「これで更に温まろう。久遠が作ってくれたスコーンも温め直してきたから」
「すごい...ありがとう」
トレーを置いた瞬間、唇が重なる。
...こういう不意打ちにめっぽう弱い俺は、顔を見られないように抱きしめた。
「大翔、ちょっとだけ恥ずかしいよ...!」
「あんな強引なことをしておいてよく言う。...まあ、嫌じゃなかったけど」
しばらくそのままでいて、それからティータイムを再開する。
月光だけが俺たちを見ているような気がして気恥ずかしさを感じながら、ゆっくり楽しいひとときを過ごしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 
恋愛
「わ……私と結婚してください!」と叫んだのは、男爵令嬢ミーナ プロポーズされたのは第一騎士団の団長、アークフリード・フェリックス・ブランドン公爵 アークフリードには、13年前に守りたいと思っていた紫の髪に紫の瞳をもつエリザベスを守ることができず死なせてしまったという辛い初恋の思い出があった。 そんなアークフリードの前に現れたのは、赤い髪に緑の瞳をもつミーナ 運命はふたりに不思議なめぐりあいの舞台を用意した。 ⁂がついている章は性的な場面がありますので、ご注意ください。 「なろう」でも公開しておりますが、そちらではまだ改稿が進んでおりませんので、よろしければこちらでご覧ください。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

『後宮薬師は名を持たない』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

新しい家族は保護犬きーちゃん

ゆきむらさり
エッセイ・ノンフィクション
〔あらすじ〕📝初めて🐶保護犬ちゃんを迎え入れる我が家。 過去の哀しい実情のせいで人間不信で怯える保護犬きーちゃん。 初日から試行錯誤の日々と保護犬きーちゃんがもたらす至福の日々。 ◇ 🔶保護犬ちゃん達の過去・現在の実情の記述もあります🐾 🔶日々の些細な出来事を綴っています。現在進行形のお話となります🐾 🔶🐶挿絵画像入りです。 🔶拙いエッセイにもかかわらず、HOTランキングに入れて頂き(2025.7.1、最高位31位)ありがとうございます🙇‍♀️

処理中です...