泣けない、泣かない。

黒蝶

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泣けないver.

渡したいもの

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「眠れそう?」
「が、頑張ってみる...」
寝るという作業は、頑張るものだっただろうか。
「隣で手を繋いでいようか」
「...いいの?」
「眠れそうにないんでしょ?でも、ちゃんと休まないと倒れちゃうよ」
このまま無理をすれば、体にどんな負担がかかるか想像できない。
だから、今の僕にできることはきっとそれくらいだ。
「明日はもう少し積もっているかな?」
「そうかもしれないね。結構寒いし...」
「寒いのは苦手だけど、ちょっとだけ楽しみ」
「楽しい日になるといいよね」
ベッドでふたり、そんな他愛のない話をする。
しばらくして、ようやくすやすやと寝息が聞こえてきた。
ひと安心したものの、時間は午前3時。
毎日こんなに遅くまで眠れないのでは疲れがとれないのではないか...心配になるような時間帯だった。
翌朝、詩音がまだ安心したように眠っている時間に起きて朝食を作る。
せめて、栄養だけはきちんと摂ってほしい。
「...できた」
朝からがっつり食べるのが苦手なら、栄養価が高いものを食べるのはどうだろう。
なんとなくの知識しかないことを嘆きながら、全てのものを並べ終えた。
「おはよう...」
「おはよう。疲れ、少しはとれた?」
「うん。いつもよりずっと体が軽いような気がする」
その言葉に安堵しながら、寝起きなんだからと座るように伝える。
まだ少し寝ぼけている姿も可愛らしくて、ついじっと見つめてしまう。
「...?何かついてる?」
「ごめんね、なんでもない」
どのタイミングで渡そうか...手のひらにおさまる箱を見つめながら、どうするのがいいか分からなくなってしまう。
とにかく不安で、何をするのが正解かを考えてしまうのだ。
結局、朝食を終えても渡すことはできなかった。
「少しだけ、勉強してもいい?」
「勿論だよ。因みにどの教科をやるの?」
「英語」
彼女はいつだって真面目で責任感が強い。
それはもう、どんな言葉で表すにも足りないほどに。
けれど、その真面目さや優しさゆえに苦労しているのも事実だ。
「優翔、私これが分からないの」
「あ、そこの単語表現はね...」
ほとんど解けている問題集に、小さく説明を書きこんでいく。
「すごい、魔法みたい...」
「そんな大層なものじゃないと思うよ」
詩音が問題を解くスピードは相変わらず早い。
かりかりと書いている音がしている間に、僕はひとりキッチンに立つ。
これを一緒に食べるときに渡せないだろうか。
...できればもっとスマートな渡し方をしたかったけれど、残念ながらそれはできそうにない。
「何を作っているの?」
「できるまでのお楽しみ」
雪は少しだけ積もっていて、沢山雪遊びができそうだと子どものような感想をいだいた。
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