泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
57 / 156
泣けないver.

大切な君へ

しおりを挟む
「詩音は温かいね」
「そうかな...?」
「僕にとってはそうだよ」
少し恥ずかしいような会話だって、詩音とならできる。
この胸にある想いをできるだけ沢山伝えたくて、なんとか言葉を繋ごうと話してみた。
「詩音が好きで大切だから、これから先もこんなふうに一緒に過ごす時間があると嬉しいな」
「...私も、その時間を望んでいい?」
「ふたりで望めばきっと大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか自分でもよく分からないけど、とにかく少しでも安心して過ごしてほしかった。
この日の夜も一緒に寝ることになり、ふたりで布団に入る。
「そのぬいぐるみ、そんなに気に入ってくれるとは思わなかった」
「もふもふで触り心地がよくて可愛いから持っていたいなって...変かな?」
「ううん、寧ろそうやって気に入ってもらえたなら嬉しいな」
ラピスラズリのブレスレットも丁寧に箱に仕舞われていて、喜んでもらえたのだとようやく実感がわいてきた。
だが、詩音の表情は曇ったままだ。
「どうかしたの?」
「...明日は、帰らないといけないんだなって思って」
流石に何日も泊めるわけにはいかず、1度帰すことにしたのだ。
本当ならこのまま一緒に住めればいいと思うけど、それでは詩音の意思に反する。
『家族で過ごした大切な家を護りたい』...そう思える場所があるのは、とても幸せなことだ。
僕は大翔とふたりでひたすら耐えてきた。
ようやく大学に入り、アルバイトを少しずつできるようになって...週末に大翔を呼ぶようにしてあの場所には近づかないようにしていたのは記憶に新しい。
全然顔を合わせてもいないが、あの人たちは元気にやっているのだろうか。
...そもそも、誰かあの場所に住んでいるのかさえ疑問だ。
「ねえ、優翔」
「どうしたの?」
「また夜、電話を掛けたりしてもいい?」
「勿論だよ。都合が悪い時間だったときはこっちから折り返すね」
「...ありがとう」
詩音を独りにしてしまえば、彼女はきっと雪のように消えてしまう。
今は連絡を取り合うくらいしか手段がないのだ...残念ながら。
「眠れない?」
「...うん。やっぱり不安で」
「それじゃあまた夜ふかししようか」
「いいの?」
「僕はまだ眠くないから大丈夫だよ。詩音は?」
「夜ふかししたい。...誰かと一緒に過ごせるなんて、滅多にないから」
結局ふたりでベッドを抜け出し、そのまま深夜のティータイムがはじまる。
僕にとっては楽しい時間だが、詩音にとってはどうなのだろう。
色々なお菓子を並べながら、ふたりで紅茶の味を楽しむ。
「...やっぱりいつもより美味しい気がする」
「僕もそんな気がするよ」
つい先程までふたりで見つめあっていたはずなのに、いつの間にか自然に唇が重なっていた。
少し恥ずかしく思いながら、冷えた彼女に口づける。
このまま熱と一緒に想いも伝わってくれないだろうか...そんなことを祈りながら。
空では鏡のような月が輝いていて、それがとにかく綺麗だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 
恋愛
「わ……私と結婚してください!」と叫んだのは、男爵令嬢ミーナ プロポーズされたのは第一騎士団の団長、アークフリード・フェリックス・ブランドン公爵 アークフリードには、13年前に守りたいと思っていた紫の髪に紫の瞳をもつエリザベスを守ることができず死なせてしまったという辛い初恋の思い出があった。 そんなアークフリードの前に現れたのは、赤い髪に緑の瞳をもつミーナ 運命はふたりに不思議なめぐりあいの舞台を用意した。 ⁂がついている章は性的な場面がありますので、ご注意ください。 「なろう」でも公開しておりますが、そちらではまだ改稿が進んでおりませんので、よろしければこちらでご覧ください。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...