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黒蝶

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初めてのお出掛けの章

動揺

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それから数日、いつものような生活が戻ってきた。

「おはよう」
「お、おはよう...」

机にはまた食べ物が並んでいる。
...僕では絶対に作れないものだ。

「今日もご飯、作ってくれたの?
食べなくても平気だから別にいいのに...」
「え、あ、ご、ごめ、」

慌てている雪芽の目の前に座って両手を合わせる。

「いただきます。...うん、やっぱり美味しい」
「よかった...」
「また笑ってるけど、どうして?」

僕は人間を...目の前の人雪芽の人のことをよく知らない。

「いつも食べてくれるから、それがすごく嬉しい」
「...一緒に過ごしてまだ十日くらいだと思うけど、相変わらず君は不思議だね」

ぽつりぽつりと話しながら、ぎこちなく食べ進めていく。
こうして二人でご飯を食べるのにもだいぶなれてきて...いや、やはりなれていない。

(また笑ってる...)

何故そんなふうに笑うのか、僕には分からない。
正確に言うと、理解が追いついていない。
多分こうだろうと推測することはできても、それを体感するのは難しいのだ。

「そうだ、頼んで洋服が届いたんだ。
これは特別な服で、着ている間なら今の君でも物に触れることができる」
「え、洋服...?」
「僕が用意したものだから、あんまりセンスはよくないかもしれないけど...着てくれる?」
「どうして用意してくれたの?」

どうやら彼女は、自分で言ったことを忘れてしまっているらしい。

「君がやりたいことを叶える為、かな。
僕は死神だって分からないように、人間のふりができる。物にだって触れられる...」

一呼吸おいて、更に話を続けた。

「でも、君は物に触れられない。それだと、君がやりたいことは叶わないんじゃないかな?
...買い食い、してみたいんでしょ?これなら人間に分からないから」
「覚えててくれたんだ...そっか」

雪芽が少しだけ嬉しそうにしていて、それならもう何でもいいやとも思えてくる。

「食器を片づけたら、早速着替えてみる」
「それくらいなら僕がやるよ」
「柊はお仕事で疲れてるでしょ...?だから、その、このくらいはやらせてほしい...です」

本当に律儀な子だと思う。
こんなふうに丁寧に接してくれる人間を、僕は他に知らない。
人間に溶けこんでいる間でさえ、優しさに触れたことがなかった。

(こういうのを、動揺っていうのか)
「お、お待たせしました。どうかな...?」

何て答えるのが正解か分からず、思いついた言葉を発してみる。

「えっと、いいと思う」
「こういうかっこいいの、着てみたかったけど着たことがなかったから...」

なんだかしゅんとしているように見えて、結局正直に話してみることにした。

「...ごめん、おしゃれだとかそういうの、やっぱり分からないんだ。
着られればそれでいいって、そう思ってたから」
「いつもかっこいいのに?」

彼女の目には嘘がない。
いつもそうだが、その真っ直ぐさに僕は何かを感じているのかもしれない。

「柊?」
「...それもよく分からない。
取り敢えず、一緒に行こう」
「お、お願いします」

普段から出していない羽があるあたりの位置を一応確認して、すっと手を差し出す。
なんだか妙に温かく感じて、このぬくもりを離してしまわないようにしなければと密かに誓った。
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