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黒蝶

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ぬくもりの章

ぬくもり

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「着いたよ」

柊はいつもどおり接してくれる。
...本当に優しい人だ。
だから、彼が傷つくのが嫌であの人の前に出てしまった。
不器用な優しさに気づいてほしくて、沢山話してしまったのだ。

(勝手なことをしたから怒ってるよね...)
「あの...柊」
「どうしたの?」
「勝手に出ていってごめんなさい」
「...」

柊は黙ったまま手をあげて、私に向かってふりおろす。
殴られる...そう思って身構えていると、頭をぽんぽんと撫でられた。

「...?」
「あんなふうに言われたことなかったから、どう反応したらいいのか分からないけど...ふわふわしてる。
ありがとう。多分、僕は今嬉しいって思ってるよ」
「柊...」

感情がない、そう言っていた柊は目の前で本当に嬉しそうに笑っている。
それが決して作り笑いではないことは明らかで、話していると嬉しくなった。

「そうだ、ちょっと頬診せて。...やっぱり少し赤くなってるね」
「これくらい、」
「慣れているから大丈夫、だなんて言わないで。
...僕の前では、そんなふうに強がらないでほしいんだ」

今日もまたこうして優しい言葉をかけてくれる。
それはいつも、私が欲しかったものだ。
心が読めるんじゃないかというほど、いつも言われたいと思っていたことを柊なりに伝えてくれる。

「ごめんなさい...っ」
「...ごめん。こういうとき、僕には抱きしめることしかできない。
だけど、君に笑顔になってほしいという想いに嘘はないよ」

堰を切ったように流れる涙を、柊は全部丁寧に拭ってくれた。
いつも温かくて優しい雰囲気を持っている彼は、一体どんなことを考えているのだろうか。
知りたいとは思うけれど、触れていいのかどうか分からない。

「大丈夫だから、そのまま泣いてて」
「...っ、」

色々な思いがせめぎあって、なかなか言葉にできない。
けれど、このぬくもりを失いたくないと強く感じる。
相手が柊じゃなかったら、こんなことは感じなかったのかもしれない。

(私...もしかして)

そのもしかしてを想像する前に、柊の手がそっと頬に触れた。

「ごめん、冷たかった?」
「ううん...ありがとう」

沢山のありがとうを伝えたい。
今私にできることはきっとそれだけだけれど、いつかもっと役にたてる日がくるだろうか。
できることなら近いうちにきてほしいと心から願う。

「雪芽?」
「ごめんなさい、なんでもなくて...」

こんなにも穏やかな日がくるなんて思っていなかった。
ただ、このぬくもりに埋もれていたい。


──芽生えた想いは胸にしまって、最近彩づきはじめた世界をそっと見つめた。
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