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黒蝶

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友情の章

家族愛

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こういった場所になんて、きたことがなかった。
人と関係を持つことなんてほとんどなかったからだ。
だが今は、雪芽が望むことをやりたいと思っている。
それから少しして、二人がステージに現れた。

「二人とも可愛い衣装だね」
「...確かに。どうやって作ったのか少し気になる」

桜のピアノと、優のバイオリン...何度聴いても惚れ惚れする美しさだ。
二曲の演奏が終わった後、桜がそっと立ちあがる。

(二組前の演奏から見ていたけど、きっとここで手紙を読みあげたりするんだろうな)
「『お母さんへ
いつも忙しいのにお見舞いにきてくれてありがとう。
今日の演奏も頑張れたよ。いつまでも元気で過ごしてね』」
桜が元気よく読み終わった後、優が一呼吸置いて読みはじめた。
「『おじいちゃんへ
いつも演奏会にきてくれたこと、絶対に忘れません。
今日の音も、ちゃんと天国まで届いていると信じています。
...これからもずっと大好きだよ』」
会場から拍手がおこるなか、二人は言葉を続ける。
「「それから、いつもお話してくれるお兄さんとお姉さんにもありがとうの気持ちをこめて、この曲を送ります」」

すると、二人は楽器の準備をする。
そして...聴いたことがない旋律が響きはじめた。

「...やっぱりこういうことだったんだ」
「僕たちにこれを隠しておく必要があったから、途中から練習を見ないでって言われたってこと?」

頷く雪芽は涙ぐんでいて、そっとハンカチを渡す。
彼女なりに思うところがあるのだろう。
こんな状況でも僕はやはり涙を流せない。
...こういうのを、薄情というのだろう。

「柊?」
「...なんでもない。二人のところへ行ってみよう」

始まる前の優の言葉を思い出す。
【いつも誰もこない】、彼女はそう言ったのだ。

「...雪芽、」
「優ちゃんのところに行こう」
「そうだね」

まるで僕が言いたかったことがしっかり伝わったように、タイミングよく雪芽がそう告げる。
──今はただ、独りで泣いているであろう少女の側にいてやりたいと心から思った。





「桜、すごかったね!」
「ありがとう、お母さん」

私はいつもどうやって過ごしていただろう。
やっぱり、二人の邪魔はできない。
...ただ、ちょっとだけ寂しいとは思った。

「それじゃあ桜、また明日ね。さようなら、桜のお母さん」
「よかったら桜ちゃんも一緒に、」
「ごめんなさい、この後約束があるんです。
だから、心配しないでください」

こう言っておいたら桜のお母さんだって納得するだろう。
私がいても邪魔になるだけ。
だから、私は独りで...

「桜」
「桜ちゃん」
「お兄さん、お姉さん...!」

お兄さんが桜や桜のお母さんと話している間に、お姉さんが私の手をひいて歩きだす。
私はただ、その手にされるがままになっていた。

「優ちゃん、お疲れ様。演奏すごかったよ」
「...それは、一番だったから?」
「ううん、最後まで一生懸命弾いてたから。それから...」

そのとき、お姉さんに抱きしめられる。
一番をとっても、おじいちゃんはもういない。
頑張っても、おじいちゃんに会えないのも分かってはいた。
だけど、やっぱり苦しかったんだ。

「泣きたいときは泣いていいんだよ。こうしておけば他の人には見えないから...。
ずっと一人で我慢して偉かったね」
「...っ、おじいちゃん...!」

最後に頭を撫でられたのはどのくらい前だっただろう。
降りしきる雨に紛れて、私はただ泣いた。
お姉さんたちの優しさに、おじいちゃんへの寂しさに...色んな想いがごちゃ混ぜになって泣き続ける。
...本当は、今回もおじいちゃんにも褒めてほしかった。
元気だったときみたいに、ただ頭を撫でてくれればそれだけでよかったのに...それはもう、手にはいらないものなんだ。
お姉さんは何も言わずにただ抱きしめてくれる。

──すごく、温かかった。
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