冒険者になった吸血少女の見る世界

澄雫

文字の大きさ
221 / 234
6章

創られた力と努力した力

しおりを挟む
 天位術式第一層が展開され、どの様な姿へと変化するのでしょうと身構えておりますと。



 球体を取り込んだエルノーラさんの見た目は予想に反して翼が無く、至って普通の女の子の様に見えます。翼が増えると共に神々しさが増していた第二層までと違い、第一層を扱うエルノーラさんの見た目は完全な人間です。



 いつもならここで「翼がありませんー」とクリムさんが言いそうですけれど、無言です。もし今人の姿をしていらっしゃるならば、恐らくその表情は驚愕、または焦りや恐怖などになっているかもしれません。



 クリムさんが押し黙る理由は一つしかありません。



「……凄まじい魔力ですね」



 思わず呟いてしまいました。はっきりと申しますと、エルノーラさんの魔力は今の私を越えています。クリムさんが黙っているのは桁違いの魔力を放つようになったエルノーラさんの豹変ぶりに他ならないでしょう。



 私は私で何とも言いようの無い気持ちになっています。もしかして、これが自分よりも高い魔力を持つ者を見た時の気持ちなのでしょうか? でしたら、これが強い相手を見た時に感じる恐怖と言う事になりますね。



 生まれて初めて自分よりも魔力が高い方と戦う経験をしました。ミズファ母様も私と同等には魔力が高いのですが、母様の場合は安心感が勝ってしまって恐怖などは微塵も感じません。



「ミズキ」



 第一層を扱う準備を整えた様子のエルノーラさんが、ゆっくりと私に向けて歩きながら語り掛けて来ました。私は直ぐには返事を返せず、黙ったままです。



「私って日々魔力が高くなっていく体質だったじゃない? 向こうの世界でもそれは変わらなくて、鍛錬を積んでたら面白い様に魔力が高まっていったの」



 私の無言も特に気にせずお話を続けるエルノーラさん。後ろに手を組みながら歩いていますので、まるでお散歩でもするかのように私へと近づいています。凄まじい魔力による殺気を放ちながら。



「それでね、強くなってる実感を感じてたある日、頭の中に鍵の掛かった引き出しがある事に気づいたの。その引き出しを気にかけた途端に鍵が外れると、私が生まれた時のデータが引き出しの中からから沢山溢れ出てきたわ」



 それはつまり……エルノーラさんの記憶の一部が封印されていた、と言う事でしょうか?



 その様な事を考えながらも、少しずつ近づくエルノーラさんに合わせて数歩後退している私。何故か自然とそうしていたのです。自分よりも高い魔力を持つ者に対する恐怖を感じているとはいえ、危機感を覚える程では無い筈ですけれど。



「そして知る事が出来たの。私はね、父様に無理やり作られた天空城防衛機能だったわ。父様は天翼人最高主導者「天使」の称号を持つ九人のみが扱える各層の天位術式を全てデータ化して私に植え付けた」



 エルノーラさんが殺気を更に強く放ち始めました。殺気とは言いましても、強くなった証を示す為のものでしょうから、特にエルノーラさんが暴走している等ではありません。私がイグニシアさんを泣かせてしまった時の様な形で試しているだけです。



「この事実を知った瞬間とっても悔しかった。向こうの世界でも術式が使えてたら楽だったなーなんて言ったけど、使えなくて良かったのよ。私自身が頑張って身に着けた力で生きるんだって、必死に向こうの世界で鍛錬するきっかけになったんだもん」



 凄まじい殺気が一瞬で消えました。それと共に、周囲の深淵が上書きされる様に元の闘技場へと景色が戻っています。血龍城が崩れたとはいえ、光射さぬ深淵の闇グランドアビスの効果は残ったままの筈でしたが、エルノーラさんはいとも容易く私の魔法を上から塗り潰したのです。



「そして、力を得たわ。植え付けられたデータ上の機能じゃなく、私自身が努力して得た力。それが私の天位術式第一層よ」



 ここまでのお話で、ようやくエルノーラさんの秘密が解った気がします。ユイシィスさんの技術によって、エルノーラさんは本来とは違う力を無理やり体に詰め込まれたのでしょう。



 まだ幼かった当時のエルノーラさんが、そんな膨大な力を一気に詰め込まれて正常で居られる筈がありません。元々天翼人はこの世界に馴染めない体質だったと言いますが、エルノーラさんは極端にこの世界の空気に馴染めていませんでした。



 その様な体になってしまったのは、天位術式を無理やり詰め込まれたからではないでしょうか。これで命を落とさなかったのは奇跡という他ありません。いえ……エルノーラさんは病弱な分、人並外れた強い精神力を備えていたのかもしれませんね。



 今になって更にユイシィスさんへの怒りを募らせる私。天空城の防衛手段としてエルノーラさんに細工をしつつ、必要とあらば私から魔力を奪う為の駒として使い捨て、再利用でもするかのように城の防衛へと駆り出して。



 本当に最初から最後まで物扱いでした。エルノーラさんにとってはユイシィスさんが全てだったのに。全ての事実を知った今、エルノーラさんは勿論この事も痛い程に理解している筈です。



 そんな彼女にとって、唯一の救いは日々魔力が微量ながらも上昇する体質だった事でしょう。これも恐らく天位術式の影響だとは思うのですけれど。



 何をするにしても、魔力は高ければ高い程に利便性は上がります。高すぎて困るのは周囲への配慮だけです。エルノーラさんは生まれた時から人としての人生を奪われた分、この世界における最高の恩恵を同時に得ていたのですね。



「……ズキ」

「……」

「ミズキ?」

「あ、はい……?」

「急に殺気を放ち出したみたいだけど、私ミズキの事怒らせちゃった?」

「え、あ……いえそうではありません!」



 ユイシィスさんへの怒りのせいで我を忘れかけていました。エルノーラさんの殺気に対して殺気で返した形になってしまいましたので、確かに私が怒った様に見えるかもしれませんね。



「調子に乗ってごめんね。ミズキの魔力を越えられて嬉しかったからつい……」

「いえいえ、全然構いませんよ。私は何でもありませんから、安心して下さいね」

「ならいいんだけど……」

「試合を再開しましょう。早速見せて頂きましょうか、エルノーラさんの得た力を」

「……うん!」



 エルノーラさんが私と数歩程度離れた位置で立ち止まりました。殺気を受けていた時と違い、今の私は恐怖などは感じておりませんので改めてクリムさんを構えますと、何やらむーむー言ってます。クリムさんが謎なのはいつもの事の様な気もしますので特に気にはかけません。



 兎も角、エルノーラさんを直接気遣うのは後ですね。今私がこの子にして差し上げられるのは全力で戦う事です。それが今のエルノーラさんにとって一番嬉しい事だと思いますから。



 と勝手に意気込んではみますけれど。エルノーラさんが鍛錬を積んだとされる期間は私にとってそれ程の時間が経過していません。ですので、どうしても多少の違和感は感じてしまいますね。



 そもそも封印魔法が逆にエルノーラさんを強くするきっかけになるなんて思いもしませんでした。まぁ、頻繁に使用するような魔法ではありませんので、次回以降展開する際はしっかり思案してからにしておきましょう。もし敵対している相手に成長なんてされたら困まりますもの。



「じゃあいくわよミズキ!」

「ええ、いつでもどうぞ」



 再び魔力と血をクリムさんに込めつつ、エルノーラさんの挙動を警戒しておりますと。余り見慣れない構えをしています。でも、若干何処かで見覚えがあるような気も……。



「むーミズキ様ー」

「何でしょうか、クリムさん?」

「エルノーラちゃん、体術を使うみたいです」

「……え?」



 そう言えば……クリムさんは人の姿でいる際は武術で戦うのでしたね。宝石のゴーレムと戦っている時に独特な構え方をしていたのを思い出しました。



 そのクリムさんと似たような構えをしているエルノーラさん。その構えはまるで、波が一切無い広大な海の様に静かでした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

縫剣のセネカ

藤花スイ
ファンタジー
「ぬいけんのせねか」と読みます。 -- コルドバ村のセネカは英雄に憧れるお転婆娘だ。 幼馴染のルキウスと共に穏やかな日々を過ごしていた。 ある日、セネカとルキウスの両親は村を守るために戦いに向かった。 訳も分からず見送ったその後、二人は孤児となった。 その経験から、大切なものを守るためには強さが必要だとセネカは思い知った。 二人は力をつけて英雄になるのだと誓った。 しかし、セネカが十歳の時に授かったのは【縫う】という非戦闘系のスキルだった。 一方、ルキウスは破格のスキル【神聖魔法】を得て、王都の教会へと旅立ってゆく。 二人の道は分かれてしまった。 残されたセネカは、ルキウスとの約束を胸に問い続ける。 どうやって戦っていくのか。希望はどこにあるのか⋯⋯。 セネカは剣士で、膨大な魔力を持っている。 でも【縫う】と剣をどう合わせたら良いのか分からなかった。 答えは簡単に出ないけれど、セネカは諦めなかった。 創意を続ければいつしか全ての力が繋がる時が来ると信じていた。 セネカは誰よりも早く冒険者の道を駆け上がる。 天才剣士のルキウスに置いていかれないようにとひた向きに力を磨いていく。 遠い地でルキウスもまた自分の道を歩み始めた。 セネカとの大切な約束を守るために。 そして二人は巻き込まれていく。 あの日、月が瞬いた理由を知ることもなく⋯⋯。 これは、一人の少女が針と糸を使って世界と繋がる物語 (旧題:スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜)

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?

しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。 そんな小説みたいなことが本当に起こった。 婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。 婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。 仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。 これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。 辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

処理中です...