冒険者になった吸血少女の見る世界

澄雫

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5章

麗華祭

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 クラスSの建物の裏手にある花園で、舞台で興じる趣向の練習を始めて三日が経ちました。私達が行う趣向は殆ど即興の様な物ですし、大した事をする訳でもありませんので練習は何の問題も無く進みました。後は本番で失敗しない様に頑張りましょう、という所まで皆さんとの示し合わせは済ませてあります。

 そして丁度月の終わりの日を迎えましたので、いよいよ明日から麗華祭が開催されます。

「いよいよ明日ですわね。わたくし、今夜は眠れそうにありませんわ」
「とても楽しみです。今年の美の部門はクラスSからの参加者も多いようですね」
「ええ、編入されたばかりのミズキ様なども参加されるようですわね」

 授業を終えた午後。クラスSの大半が明日から行われる麗華祭のお話しに花を咲かせています。ミアさんもクラスの皆様の輪に入り、楽しそうにお喋りしています。麗華祭中は委員長のお仕事はお休みの様ですね。

 いつもでしたら、支配層の皆様は午後の予定がありますので直ぐに帰って行かれるのですが、お祭り前日の高揚感には抗えないらしく、皆様は美の部門に参加される方の話題で盛り上がっていました。

 美の部門に参加申請をした方が二日前に公開され、クラスSからは私達の他にミアさんを含めて三名が参加される様です。このクラスは基本的に実力者の集まりですので、どちらかと言えば妓を競う側に参加者が集中しています。クラスSに在籍している以上、自らの実力は常に把握しておきたいでしょうし、実技の向上心は他のクラスとは比べるべくもありませんものね。

「今年もミア様が美の部門に参加されていらっしゃいますので、わたくし応援しておりますわね」
「有難うございます、今年も頑張りますわ」
「美の部門は去年よりも上位に、そして妓の部門は連覇を目指して、という事になりますわね」

 ミアさんの実力を考えれば、妓の部門に参加されると思っていたのですけれど。なんと私達と同じく美技両方に参加登録されていました。クラスの方々は特に驚く訳でも無く、今年も頑張って下さいとミアさんに声援を送っています。

「あの、ミアさんは去年も参加されていたのですか?」

 と、私は隣の席の方に話しかけます。お話しを聞く限り、ミアさんは去年も両立参加されていたらしく、その上で美の部門三位になったそうです。ミアさんは強さと可愛らしさを兼ね備えたお嬢様ですし、学院を代表する実力者でもありますから納得の順位ですね。

「化け物ね……」
「ヤヨイ、自信なくなってきました……」

 クリスティアさんとヤヨイさんも、ミアさんの優秀な成績には驚きを隠せない様子。上位を目指す場合、この方に勝たなければならないのですよね……。しかもですよ?

 一位でもおかしく無いミアさんが三位ですから、当然去年の美の部門で二位と一位になった方がいらっしゃる訳です。そのお二人についても隣の方が得意げに教えて下さいました。

 二位の方は支配層の中でも高位に位置する家系のお嬢様で、一位の方は序列者の親を持つ、ミアさんを越える身分を持った方の様です。お二人は今年も参加しており、来年は卒院という事もあって麗華祭への意気込みは相当な物らしいのです。

「ねぇ、ミズキ」
「はい」
「一位は無理ではないかしら?」
「はい、私もそう思います……」
「ヤヨイは妓の部門に参加できればそれで……」

 学院の中心部に設けられる舞台の上でちょっとした趣向に興じる予定ですけれども。その程度で票を得よう等とは、聊か無謀でしたでしょうか。とは言え、純粋に学院内で名を通すという目的で麗華祭に参加していますので、順位は全く気にしていませんでしたけれど。

「あの、少しでも上位に名を残す事が出来れば、それで充分だと私は思います」
「まぁ、エイルも一位までは考えていないでしょうし」
「もし一位を目指すなんて言われていたら……ヤヨイ達、きっと票集めで死んじゃいますね」

 三位以内に入ろうとすれば、道行く学生の殆どがお知り合いという程度には繋がりを持つ必要性がありそうです。去年の上位層は学院都市だけに留まらない有名な支配層のお嬢様の様ですから、根本的に住む世界が違い過ぎます。

 魔力を例に挙げるとすれば、一位が私や母様だとして、二位が九尾さんやアマテラスさん、三位で国家指定級と言った所でしょうか。三位と四位の間には、大陸間を引き離す広大な海の様な隔たりがあります。少し魔力を鍛錬で底上げした所で、全く上位層には遠く及ばないのです。

「けれど、少なくとも五位以内には入っておかないと目立たないわよね。何の目的もなく参加している訳では無いのだし」

 クリスティアさんが前向きな姿勢です。名を通すのでしたら、上位入賞は自ずと必要になって来るでしょうし。

「まだどうなるかは解りませんけれど、五位前後でしたら十分現実的な順位のように感じます」
「では取りあえずの目標として、目指せ五位入賞ですね!」

 ヤヨイさんが片手を振り上げつつ笑顔でその様に言いますので、なでておきました。何故なでられているのか疑問に思っている様子のヤヨイさんは、続けてクリスティアさんからもなでられています。可愛い物を愛でるのに理由など必要ないのです。

 こう言った場合、本来は一位を目指すのが前向きな姿勢と言えるのだと思いますけれど。力量に合った目標を掲げる事は間違いでは無い筈です。

 ---------

 月が替わり、いよいよ麗華祭当日となりました。午前の授業が終わった所で、学内がとても賑やかな話し声と雰囲気に包まれています。一般の方々が学院内に訪れ始めた様ですね。

 沢山ある学院の中でも実力重視寄りとして有名なこのエーテルナ魔道学院。それだけですと、大変堅苦しい敷居の高い学院に感じます。そんな印象も、麗華祭に参加すれば直ぐに一変してしまう事でしょう。

 正門から学院の中心部にかけて、とても可愛らしいメイド服の衣装を着た学生達が、麗華祭を一目見ようと訪れた一般の方々を誘導しています。中心部まで続く道の途中にも沢山の露店が並んでおり、一般層の方々が楽しそうに露店を覗いています。

 麗華祭には他の都市からも沢山の方が訪れる為、誘導係はとても大変そうですね。私も何かお手伝いできれば、とは思うのですけれど。部門参加者側ですので、心の中で応援をするに留まります。

「ううむ……。我はこういった祭り事は初めて経験するが、何やら浮ついた気持ちで昨夜は中々眠れんかったぞ……」

 一般の方は立ち入る事が出来ない敷地から、正門付近を眺めつつシャウラさんが呟きました。胸に手を当てている辺り、緊張もしているようですね。普段のシャウラさんでは見られない仕草です。

「シャウラが感じている気持ちは一種の高揚感でしょう。私も昂った気持ちを抑えるのに苦労しています」

 エイルさんは相変わらず淡々と喋っている様に見えますけれど、一応エイルさんなりにお祭りを楽しんでいるようです。

「まだ舞台の順番までは時間があるわね。妓の部門も試合があるのは大分先のようだし、どうするのかしら?」

 妓の部門の組み合わせ表を手に、クリスティアさんがこの後の予定を確認しています。

「んー……本来であれば、美の部門に参加されている方はこの時間を有効に使って、票の獲得に繋げる努力をされるのでしょうけれど」
「今から慌てて策を講じても仕方がありません。私達なら労さずとも一定の票は獲得できると確信がありますので」
「うむ。我の美貌を持ってすれば票なぞ湯水のごとく湧いて出るじゃろう」

 いつもの様に腰に手を当て高笑いのシャウラさん。緊張は直ぐに解けたみたいですね。

「はい、ヤヨイ提案があります! 特に予定が無いようでしたら、露店巡りをしたいです!」

 元気にそう言いますので、昨日と同じ様にヤヨイさんをなでる私。そうですね、部門参加者も自由に楽しんで良いみたいですし、それも悪くないかもしれません。全員が直ぐにヤヨイさんの提案に同意しました。

「では、通路にある露店から見て歩きますか?」
「それが良いでしょう。何より、私達は歩くだけで十分宣伝にもなるでしょうし」
「我は人混みの中を歩くのは嫌じゃ」
「水晶、いえ……シャウラ。私達は関係者なのだから、通路から外れて歩いても平気よ」

 露店は正面から見るからこそ楽しいのですが、一般層の方で混雑している通路を歩くのは難しいでしょう。裏手から露店を楽しむのもそれはそれで一興かもしれません。

「そうと決まれば早速露店を見に行きましょう!」

 元気に正門の方へと走っていくヤヨイさん。一番お祭りを楽しんでいるのはヤヨイさんの様ですね。私も楽しみつつ、この学院に名を通す土台作りを始めるとしましょう。
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